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ピケティ氏の提案 ー 平等な社会のために

Yoko Marta
04.06.21 03:55 PM Comment(s)

ベーシックインカム、ジョブギャランティー、資産所得税、社会保障

   フランスの経済学者Thomas Piketty (トマ ピケティ)は、フランスの大手新聞Le Mondeにブログを掲載しています。ピケティ氏が英語で話すときは非常に重いフランス語なまりで、同じ外国人として英語を話す身としては親近感を感じるのですが、この英語版のブログも非常に親しみやすい表現で分かりやすく明確に書かれています。日本語とヨーロピアン言語の間の翻訳は意味を失うことが多いので、英語で読むことをお勧めします。ここより。

 2021年5月の記事では、(Universal) Basic income support(ベーシックインカム), Job guarantee(仕事の保障), Inheritance for all(資産所得税)は全て必要であり、施行が早いうちに望まれるとされています。このパッケージを完成させるものとして、社会保障(教育無償、病院無償、年金の再分配、十分な失業給付、労働組合加入・設立の権利)は必須だとしています。最後の社会保障は、日本だけに住んでいると見えない部分だと思うのですが、既に西ヨーロッパでは長年にわたってほぼ行われていることです。イギリスは西ヨーロッパ諸国に比べて、労働者の権利も社会保障も弱めなのですが、病院での診察・入院・手術等はすべて無料だし、義務教育も無償であり、失業した場合は歯医者も無料、市民税等の税金も大幅に割引や免除、審査はありますが家賃を払うことが不可能であれば、住んでいる区域のカウンシルから補助、或いは無償で家を借りることとなります。ドイツやイタリアでは、大学もほぼ無償(ヨーロッパの大学はほぼ全て国立)です。イギリスでは大学の学費が有償化されましたが(スコットランドは、条件を満たせば無償。スコットランド人でずっとスコットランドに住んでた人だと確実に無料)、学生ローンは大学をスタートしたのが最近だと、月給が額面で2,274ポンド/月(現時点でのレートで35万3千円)を超えるまでは返却の必要はなく、超えた場合でも、前述の金額を超えた分の9パーセントを支払うので(月給 28,800ポンド(44万7千円)だと、返却金額は月に11ポンド(1,700円)となります。いつ大学を始めたかにより学生ローンのプランの内容も違いますが、前述したケースだと、大学を卒業した後(最初の返却月)から30年たつと返却しきれていなくてもゼロとなり、返却する必要はありません。この仕組が成り立つのも、基本的に教育を受ける権利は基本的人権だと考えられており、教育機関も国が管理している(日本のようにレベルの差が激しい私立校が乱立して、教育がモノ化している状況とは大きく違う)からでしょう。ここにイギリス政府の学生ローンの情報があります。また、別記事で記載しましたが、仕事での病欠についてもホリデーから引かれたりはしないし、通常の勤務日と同じ扱いで給料にも影響はありません。病院の受診で半日休む時も通常は同様です。ホリデーはフルタイムで働いている場合、初年度で通常20日で、年々増えていきます。また、パートタイム(パートタイムに正規・非正規等の区別は通常なし)もフルタイムの人と同じ時給が支払れ、社会保障費(健康保険、年金に相当するもの)も会社がフルタイム社員と同じように負担します。技術系の仕事でプロジェクト単位で個人事事業者として働く場合は、税金等の処理は個人で行う必要がありますが、給料は非常に高いです。また、イギリスの場合、最低賃金は2021年4月より8.91ポンド/時であり、1日7.5時間で5日働いた場合、額面で1447.85ポンド(22万5千円)で、手取りは約1289ポンド(約20万円)となります。これは国全体で適用され、日本のように地域ごとに異なるわけではありません。Living wage(生活するために必要な賃金)という考え方もあり、ロンドンでは10.85ポンド/時(約1,678円/時)とされており、コーヒーショップチェーンやレストランでも最低賃金ではなく、Living Wageを支払うと宣言して実行している企業もかなりあります。日本と比べると、イギリスでさえ社会保障や労働者の権利は格段に強く(基本的人権を守るという概念がきちんと人々にも存在し、社会システムにも埋め込まれている)、その上でベーシックインカムやJob guarantee(仕事の保障)も加わるのだと理解する必要があると思います。

 ベーシックインカムに関しては、ヨーロッパ内でも賛否両論ですが、ドイツで試験的に行われた際に、抽選でこのベーシックインカムに当選した人(シングルマザーで大学の化学系研究室で技術者として働く)のストーリーが、確かXing(ドイツ版LinkedIn)にありました。イギリスもそうですが、大学の職員(リサーチャー、技術者等)は数年単位、或いは学期単位の契約であることが多いです。数年後に必ずしも延長されるとも限らず、給料交渉を強く行うことが難しい場合もあります。ただ、日本と比較すると、ドイツもイギリスもこういった職業の給与は通常は高いです。このドイツ人女性の場合は、今まで何度か契約は更新されていたし(ただ契約更新がないのではという不安は常にあった)、子供を養っていくだけの給料と子供の送り迎えに間に合う時間に確実に終業できる等のフレキシビリティーはあったので、本当は給料も上がるべきだと思ったし、職務ももっと広げたいと思っていたものの、現在の仕事を失うことを恐れて、転職の可能性を探すことも、給料交渉や仕事内容の交渉もしなかったそうです。このベーシックインカムに当選した後の1年は、仕事を失ってもきちんと生活ができるという安心感があり、転職活動をしつつ、在職先での給料や仕事交渉もしっかりとし、どちらでも好結果を得たものの、一番自分にとって良い条件だった転職先を選択したとのことでした。彼女は、ベーシックインカムという支えがあったからこそ、新たに自分の可能性に挑戦できたと言っていました。同じ記事の中では、簡単な統計として、ベーシックインカムに当選した人々で仕事をしなかった人というのは本当にわずかであり、ほとんどの人々が自分の可能性を広げられるより良い転職を行ったり、人生で良い方向への転換を図ったとのことでした。ピケティの記事の最後でも、こういった経済的な安定は人々を自由にし、解放するとしています。また、ピケティはこのベーシックインカムを学生、低所得層に適用することを提案しています。イギリスでも長時間働いていても生活保護を受けないと暮らしていけない人々も増大しており、これは大事なポイントでしょう。ピケティは、このベーシックインカムの欠点は、不平等を解決するためには十分ではないことと指摘しています。(記事によるとベーシックインカムは最低賃金の半分か4分の3程度。これでは生きていけない)そのため、他の解決方法との組合せも必須となってきます。

 Inheritance for allは資産所得税ということで、アメリカでもRobert Reich氏がずいぶん前から述べていますが、非常に分かりやすく短い時間でビデオにされていて、とても分かりやすい英語なので一度観ることをお勧めします。ここより。イギリスの貧富の格差はヨーロッパの中でも大きく、コロナ下ではさらにひどくなり、食事すらまともに取れない家庭の数が急増しました。もともと資産を持っている人々(価値の高い土地・家屋を家族代々多く所有している等)は何もしなくてもさらに大きな勢いで富を蓄え、長時間働いていても何も資産を持たない人は貧困に陥りやすい状況が世界中で起きています。不平等を解決するためには、資産所得税は必須でしょう。どの国でも、富裕層や既得権益者は自分たちの特権を少しでも失うことは嫌なので、資産所得税にはいい気はしないでしょうが、彼らの資産が急速に減るわけではなく、富が緩やかに分配されていくのて、社会も安全になり経済もよくなり、大多数の人にとって良い社会となるでしょう。

 Job Guranteeについては、Pavlina Tchrneva氏がとても興味深いアイディアを示しています。ここより、Job Guranteeに関するよくある質問と回答を同氏のWebsiteより閲覧することが可能です。Tchrneva氏は失業が避けられないものという考えを否定し、経済が悪くなり民間企業での仕事の需要が減った場合には、公的機関(政府と地方自治体やNGO等)でその地域で必要な職を作り出し雇用を生み出し、経済が良くなり民間企業での雇用が増大した際には、人々は公的機関で作り出されたJob Guranteeの仕事から民間企業へと移り、Job Guranteeはバッファーとして働くことを提案しています。Job Guranteeでは、賃金を最低賃金(バイデン大統領によって提案されたもののまだ現実とはなっていない)15アメリカンドル(約1,642円)としており、人々が尊厳をもって働き生きていけるものとしています。仕事の内容については、それぞれの地域や時代で必要な職は違うでしょうが、一例として挙げられていたのは、簡単に要約すると以下の通りです。

緑化を担う地域のNGOが地域の遊歩道を拡張、創りだす場合に、民間企業で失業した人々がJob Guranteeのスキームとして仕事をする。個々人スキルや経験に応じた仕事(遊歩道の拡張作業や、地図を作ったりカタログを作る等)が割り当てられる。このNGOはセミナーや環境保全に必要なセミナーやトレーニングも参加者に提供。子供や老親や親せきの世話をする責任がある人には、フレキシブルな労働時間が保障される。

イギリスでもサッチャー時代に大規模に閉鎖に追い込まれた石炭産業の従事者が無職のまま取り残された例もありますが、仕事をするというのは、ただ単に生活費を得るというだけでなく、人としての尊厳や個人の未来や夢も関わっており、誰も取り残さないことは重要でしょう。

 パンデミックはいまだに猛威を振るっていますが、Common Goodに向けて世界中の人々が団結して平等でより良い社会へと向かっていくチャンスだともいえるでしょう。

Yoko Marta