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女性画家 Paula Rego(パウラ・レゴ)

Yoko Marta
09.06.22 11:10 AM Comment(s)

Storyteller(物語を絵を通して語る)画家 Paula Rego

去年(2021年)に、Paula Rego(パウラ・レゴ)の大きな展示会がTate Modern(テート・モダン美術館)であり、とても良かったので、珍しくこのBlogの表紙にもあるカタログを購入しました。


去年の展示会より。

パウラ・レゴの作品は見たことはあったものの、画家についてはあまりよく知らないままでした。彼女はポルトガルの首都リスボンで生まれた女性画家で、17歳でロンドンのアートスクールへ進み、イギリス人画家のVictor Willingと結婚し、ポルトガルとロンドンを行ったり来たりしていた期間もあるものの、現在も含めて長い間ロンドンで働き、80歳を超えてからも精力的に活動しています。2009年には、ポルトガルに「CASA DAS HISTORIAS PAULA REGO(パウラレゴの物語の家)」という美術館が設立されました。ここより。


彼女の作品の主題には、虐げられた人々、特に女性への深い共感と、不平等・不正義への徹底的な抵抗が描かれていますが、これはポルトガルの歴史とは切り離せません。ポルトガルは、1926年に軍隊が起こしたクーデータに始まり、1974年までの長い間、独裁政治に苦しみました。パウラが生まれたのは1935年で、まさにこの抑圧され、暴力に満ち、恐怖に支配された時代を過ごしました。パウラの初期の作品には、政治や社会によって抑圧されてきた女性や植民地の国々の人々を描いた作品が多くあります。ポルトガルの独裁政治時代には、政府への反対派は投獄、或いは殺され、女性は政治等のさまざまな場所から取り除かれ、秘密警察の活動も盛んで人々が恐怖のもとに暮らしていました。ポルトガルはアフリカに植民地を持ち、現地の人々を残虐に扱い、彼らが抵抗し始めると、それを抑えるためには手段を択ばなかった時代があります。また、家父長制の強い時代で、女性や子供は男性の所有物として見なされ、夫が妻を殴ったりするのは当然と見なされていて、彼女自身、近所でドメスティックヴァイオレンスが日常的に起きているのを見ています。彼女自身は、父も祖父も革新的な考えをもった人々で、彼女の画家になりたい夢をサポートし続けるという幸運な家族環境だったそうですが、父は、この時代の考え方と全く合わず、ファミリービジネスはうまくいていたものの、人生を通して鬱に悩まされ、独裁政治の終わりを見る前に亡くなりました。彼女の作品の中にも、父がソファでうずくまっている絵がよく描かれています。パウラは小さいころから、これらの弱い立場の人々への暴力や虐待に気づいていて、いつも抑圧者に強い抵抗心を持ち、弱い者たちへと寄り添っていました。初期の作品には、当時の独裁政治を揶揄したり批判したりするものも多く、独裁政治下での厳しい検閲をくぐり抜けるために、絵の題名を曖昧にしたり、独裁者を怪物や動物にして描いています。

パウラの画家の道は直線ではありませんでした。ロンドンのアートスクールで17歳で学び始めたときは、ロンドンは戦後からも立ち直りつつあり、パウラが過ごしたポルトガルとは全く違う信じられないくらい自由な世界でした。アートでは、抽象画がさかんであり、彼女の現実の形のある絵は先生たちから批判されることもあり、とても悩んで抽象画を描いてみたりはしたものの、どうしても自分だとは思えず、苦しい時期を過ごしました。そのうち、彼女を理解した他の先生や同級生たちからの励ましもあって、自分の物語(キッチンでひっそりと話しているポルトガルの女性たちの絵-女性たちは虐待され社会からはじき出され秘密警察も横行しているので、キッチンだけが女性がひっそりと短時間集まって話せる場所だった)を描くことに戻りました。今回の展覧会で短いインタビュービデオが流れていましたが、80歳を超えて数多くの賞を取っている今でも、このロンドンのアートスクールで取った賞(前述のポルトガルの女性たちたキッチンに集まっている絵で受賞)が人生の中で一番嬉しかった賞だと言っていたのが印象的でした。自分のアートや存在に大きな疑問を持った時期を経て、自分の信じたことが正しいと認められたような気がしたのかもしれません。

彼女の作品には前述したように政治が深く関わっていますが、近年ではポルトガルの(選択制)中絶を合法化することをめぐって、多くの女性の絵を描き、この合法化運動への大きなサポートを続けました。2007年に長い年月をかけてやっと合法化されました。
日本だとこの中絶について、ヨーロッパやアメリカでなぜ大きく物議を醸す背景が分かりにくいかもしれません。ポルトガルはキリスト教のカソリック宗派が強い国で、「子供は体内で宿った時点で人間。中絶は子供が1日目の命でも殺人」という強硬で、原理主義的な考え方をしている人々が多く存在します。実際、
2021年現在でもThe UKを形成する4か国のうちの北アイルランドは、母体に生命の危険があるときを除いては中絶は違法です。イタリア等のカソリックが強い国々でも、この中絶を合法化するために、多くの年月と多くの人々の絶え間ない努力を要しました。
アメリカの最高裁の裁判官だったRuth Bader Ginsburgも女性のReproductive Right(生殖権)は女性の基本的人権で、女性が中絶できるかどうかを決定できるべき、と述べていましたが、どの社会でも家父長制が強く機能している以上、これを認めない人々は存在し続けるでしょう。
パウラにとっては、女性の意志による中絶を認めないのは女性に対する抑圧・虐待であり、よく闘ったといえるでしょう。この時期に同じく、女性器切除を批判する作品も描いています。彼女の作品に出てくる女性は、抑圧された側の被害者ではありますが、虐待や暴力に打ちひしがれて泣いているだけの弱々しい女性ではなく、状況がひどくても、時にはブラックユーモアを使ったり、挑発をしたりと内面から強さがにじみ出てくる女性たちです。また、パウラの彼女たちへの深い共感も感じられます。彼女たちの主体性は、男性の凝視や接触によってではなく、内面からおきています。

彼女の私生活も絵に現れます。パウラの夫は多発性硬化症を発症し、晩年には体が麻痺して動かなくなります。ダンスという絵には、その時点ではすでに身体の動かなくなっていた夫がダンスをしている男性として登場しています。だんだんと身体が動かなくなる夫の介抱についてのフラストレーションや思いも、犬と少女の絵(動けない犬を少女が抱きかかえて水を飲ませている)に描いています。彼女は、1966年以降ユング派のカウンセリングに40年以上通っており、無意識領域を描くことにも強く関心をもっています。
パウラは美しいおとぎ話や小説を元にした絵もたくさん描きました。エッチングを使ったものが多いですが、美しい色と確かな筆致で幻想的なものが多いですが、主題はやはり多くが女性です。
ここまでは、彼女の絵の主題についてでしたが、パウラの絵の様式もどんどん変わっていきます。雑誌等から切り抜いたもののコラージュから、自分で描いたものをコラージュに使い、その間にもおとぎ話等にはエッチングを使い、近年ではパステルを使って絵を描いています。1987年からはずっと同じSitterさんをスタジオに招いて描いており、(伝統的なSitterではなく、協力して)作品を作り上げているそうです。
不平等・不正義への徹底したレジスタンスを、絵を通して語ることで貫いているパウラでした。