The Green Catalyst
The Green Catalyst
Creating futures we can believe in

スタンダップコメディ OLGA KOCH - RUSSIAN BORN COMEDIAN IN LONDON

Yoko Marta
20.04.22 01:45 PM Comment(s)

ロシア生まれのオルガ・コッフ ー 民主主義への道のり

イギリス(The UK - イギリス+スコットランド+ウェールズ+北アイルランドの連合国)では、Stand up comedyが盛んです。多くは社会批判を含んだもので風刺・皮肉のきいたジョークで、コメディアンの多くも知識層(弁護士、医師やオックスフォード大学等の高学歴組)が多い構成です。イギリスには移民も多いため、多くのコメディアンも様々な国、インドやロシアといった国々出身からも登場します。

 今回は、ロシア出身でロンドンで活躍するコメディアン、Olga Koch (オルガ・コッフ)。最近、British Passportを取得したそう。彼女は、ロシアに生まれ、イギリスのアメリカンスクールへ進学し、アメリカの大学でコンピューターサイエンスの学位を取得しました。2018年にエジンバラ コメディーフェスティバルで新人賞に推薦されたコメディーショーが「Fight」。実際にオルガの父と家族に起こった出来事を中心にロシアの歴史と政治が見事に融合して語られていきます。イギリス国内に住んでいれば、ここより聞けます。彼女のホームページはここよりアクセス可。
 お話は、オルガの父、アルフレッドが2014年6月15日に消息不明となったところから始まります。アルフレッドは、2014年6月14日に、ロシアからドイツのミュンヘンへ夕方17:30発の飛行機を予約していました。空港でアルフレッドは警察に止められ、荷物の検査を受けます。そこで荷物の中の小さな絵(なんの価値もない)について、Paper/Document(書類)があるのかを聞かれます。当然ありません。そこでアルフレッドが警察に自分は逮捕されるのか、と聞くと、警察は、逮捕するためのPaper(逮捕状)はない、と笑います。そうこうしているうちに飛行機は飛び立ち、警察は謝り、警察に同行されてアルフレッドはチェックインカウンターで翌日の同時刻(6月15日の17:30発フライト)のチケットを買います。アルフレッドは妻、マリーナのいる自宅までタクシーで戻ります。翌日、マリーナが目が覚めたとき、アルフレッドはなんのメッセージや置手紙もなく消えていました。
 ここで、話は1978年へと戻ります。ロシアは前世紀に何度も変化を遂げました。ロシア帝国→ロシア共和国(とても短い間)→ソビエト連邦→(現)ロシア連邦。アルフレッドは、この内3つを経験します。1978年、アルフレッドは後に妻となるマリーナとレニングラード(現サンクトペテルブルグ)で出会います。大学卒業後、マリーナは会計士として働き、アルフレッドは経済学の大学院へと進みます。1985年には、チェルネンコ書記長が亡くなり、ミハイル・ゴルバチョフが書記長に任命されます。ちなみに、オルガは、ロシアでは重要人物が亡くなるとテレビで24時間白鳥の湖の音楽が延々と流れ、今でもロシア市民はこの曲を聞くと誰かが死んだのではないかとパニックになるとジョークを言っていました。ゴルバチョフ就任後、ご存知のように大きな改革を始めます。オルガによると、良かったのは悪いもの(政治やシステム等)を全部取り除いたこと、一番悪かったのは、それらの悪いものと取り換えるものが何も存在しなかったこと。共産主義時代には、誰一人何も所有せず、外国への旅行も禁止、共産党へのみの投票(一つの政党しか存在しなかったから)で、突然の自由に、人々は喜ぶもののどうしていいか分からず混乱が起こります。この混乱の中で、アルフレッドは1991年市長へと立候補し当選します。このころ、初めての国民投票で選ばれたボリス・エリツィンが大統領となり、ロシア連邦を設立し、社会主義から資本主義への体制移行を進めます。この流れで、それまで国営だった石油会社等すべての国営企業の民有化をするために、経済の専門家を招集します。このため、アルフレッドは1996年に、副大統領として任命され、他の4人の経済学専門家と民有化に取り組みます。今まで何も所有せず、すべての会社(石油だけでなく鉄道や郵便もすべて)が国営だった時代しか知らない国民にはこの民有化のコンセプトは理解されず、結果的に少数のOligarch(オリガーク)と呼ばれる新興財閥を作り出し、富の非常に不平等な分配となったということで大きく批判されています。このコンセプトは、国民の一人一人に石油会社等の株をVoucherという形で平等に分配するという形をとったそうです。赤ちゃんにまで、このVoucherは平等に配られたということです。この仕組みが理解できなかった一般市民は、この大変価値のあるVoucherを価値に全く見合わない物品交換か、非常に低い価格で、この仕組みを理解した一握りの都市の人々(後の新興財閥)に渡したそうです。意図は良かったものの、仕組みは意図したようには機能せず、アルフレッドは政治を去り、大学の講師等をしながら目立たないよう過ごします。と言いながら、テレビでのゲームショーのホストとして出演したこともあるそうです。2000年には、現プーチン大統領が当選します。アルフレッドは、国の未来を憂慮し、反対派の政党に加わりプーチン大統領の政治へのファイトを始めます。ただ、ラジオやテレビは既に大統領にコントロールされ、非常に難しい状況で闘う中、大統領への反対派が殺されたり投獄されたりして、どんどん消えていきます。自分と家族への危険を察したアルフレッドはドイツへと亡命せざるを得ないことを悟ります。この時点でオルガはアメリカの大学へ進学中であり、オルガの姉は危険を避けるため、苗字を夫の苗字へと変更しました。ここで、最初の2014年6月14日に戻ります。
 2014年6月14日のドイツへのフライトを逃し、妻のいるロシアの自宅へと戻ったアルフレッドは朝早くに目を覚まし考えます。警察は自分が15日の17:30発の航空券を買ったのを見ていた。逮捕状はそれまでに準備できるだろう。亡命するチャンスは駐車場の自動シャッターのように素早く閉じ始めている。今しかない。警察が電話を盗聴している可能性があったため、PCからタクシーを予約し、妻には何も言わず朝の8:35発のミュンヘン行のフライトに搭乗し、同日、無事にミュンヘンへと降り立ちます。この時点で、妻のマリーナは何も知りません。マリーナは警察から3日に渡って尋問を受けた後、釈放されます。この後、マリーナはアルフレッドにミュンヘンで合流し、二人ともそこで亡命生活を送ることとなります。アルフレッドは、ロシアでは絵画の国際窃盗犯(最初に出てきた荷物に入っていたなんの価値もない小さな絵がこじつけの理由)として登録され、ロシアに戻ることはできません。歴史上では、国営企業の民有化を行った経済専門家の5人はアルフレッドを除いた4人となり、ロシアの公式な歴史の中でも存在を消されたそうです。
  ドラマに出てくるようなお話ですが、実話で、オルガはテンポ良く切れのいいジョークを飛ばしながら話を進めていきます。 オルガは現在ときどきロシアの親戚を訪れることはできますが、なるべく行ったことのない地域を訪れることにしているそうです。ロシアには、民主主義美術館があり、そこには「自由の部屋」があり、小さな部屋に一つの椅子とカメラがあり、カメラは24時間稼働していて、自由についてビデオに向かって語ると、壁にそれが映し出されるそうです。彼女は、ロシアの民主主義は24時間監視社会と揶揄していました。最後にオルガは以下のように締めくくっています。

 ロシアはさまざまな変化をくぐりぬけ、新しく始めるたび、すべての証拠(虐殺や人権無視等の都合の悪いことも含めて)を消してきた。毎回毎回起こるので、典型的なロシアは、過去の証拠をきれいに消して新しく始め、そうすることで(過去の悪いことから)逃げられると思っている。ロシアでは、前進とは今までにあったことを全て壊すこと。でも、前進するためには壊し続けるのではなく、建設することが必要。私たちは過去に向き合い、過去の間違いから学び、成長する必要がある。もちろん、ロシアは変化・再生し続けるだろうから、私にとっても誰にとっても闘い続けることは大事。このコメディは90年代と私と私の父のメメント。

Yoko Marta