The Green Catalyst
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Blood Diamond 映画の背景にあるもの

Yoko Marta
20.10.22 11:14 AM Comment(s)

Blood Diamond (2006年公開映画)

2006年公開の映画で、主演はレオナルドディカプリオ。シエラレオンの市民戦争時代(1991-2001)を背景に、紛争地域で発掘されたダイヤモンドが、紛争をファイナンスするために密輸・密売され、世界中のダイヤモンド企業やwarlordsに大きな利益をもたらし、その背後で普通の市民が直接的・間接的に数多く殺害されていることを扱っています。実話ではなくフィクションですが、当時の政治・社会背景を取り入れながら、映画として、物語としてうまくできていると思います。
3人の主要人物は、

  • アーチャーː レオナルドディカプリオが演じる。ジンバブエ育ちの密輸・密売人。南アフリカの民間軍事会社のボス(宝石や武器の密売に関わる)に雇われている
  • ソロモンː シエラレオン人の漁師。市民戦争の巻き添えで、RUF(政府に反対する民兵軍)に捉えられ、ダイヤモンド採掘場で奴隷のように働かされる。妻と娘は隣国の難民収容所へ、息子はRUFに攫われてチャイルドソルジャーとして使われる
  • マディーː アメリカ人白人女性ジャーナリスト。アフガニスタン等の紛争が起こり危険な地域を主要にカバーしている。シエラレオンでの市民戦争、宝石の密輸・密売(RUFは、ここから武器等を買う資金を手に入れている)、そこに関わる宝石会社等の関連を追っている
 物語自体はある意味シンプルなのですが、この物語の背景を知っておくとまた新しい目でこの映画を観られると思います。

シエラレオンは、150年以上にわたってイギリスの植民地でした。1961年にイギリスから独立し、初代大統領のマルガイ氏が民主主義を推し進め、さまざまな部族が政治や軍隊の主要な決定権をもつ場所に参加できるようにしました。1964年にマルガイ氏が突然亡くなり、弟が大統領となってからは、混乱が続きます。新大統領は自分の出身部族を優遇し、政治の腐敗が急速に進みます。日本だと部族がどういう大きな意味をもつか分かりにくいと思うのですが、植民地化された地域は、よくある統治手段として、植民地統治側へ不満が向かうのを避けるため、その地域でのある部族を優遇し、他の部族を冷遇したりして、植民地の被支配側の人々がお互い憎みあい争い続けるようにシステムを作ってきました。最たる例は、南アフリカのアパルトヘイトでしょう。その為、さまざまな部族が政治の中枢で話し合い、部族に関わらず誰もがその国の平等な権利を持つ国民であるということを国民が感じられるシステム作りは必須であり、部族の違いで人々を不平等に扱うと、あっという間に手を付けられないほどの争いに発展する可能性があります。この新大統領の時代は長く続かず、1967年には軍事クーデターが起こります。その後は単一政党政治が30年以上続きます。この間、政治の腐敗はますます進み、政治家や一部のビジネスマンが信じられないレベルの富を蓄積しているのとは反対に、公務員への給料が払えなくなったり、教育や病院もうまく機能せず、人々は飢え、政府への不満は非常に高まっていました。この政治家やビジネスマンの富の多くは、シエラレオンが埋蔵する高品質のダイヤモンドからきています。シエラレオンのダイヤモンドの採掘は比較的容易で、それが紛争を呼び寄せる・長引かせる原因になったともされています。また、多くのダイヤモンドの原石はDe Beersといった大きな宝石会社がモノポリー状態を長年続けており、自企業の利益を増やすために需要と供給をコントロールし、紛争が起こっている地域からの密輸だと分かっていながら買うことで(密売なので通常ルートより安く買え、税金も払わなくて済む)間接的に市民戦争に出資していたことで、紛争が長引いたという面も指摘されています。そういった世相の中、1991年にRUFが政府を攻撃し、多くの領地を暴力で獲得していきます。このRUFの軍事力は、隣国のリベリアの反乱部隊(NPFL)からの協力にもよります。NPFLの目的は、RUFの目的とは全く違い、リベリアでの反乱運動をするNPFLに反対するナイジェリア人が主要に配置されている平和維持部隊のシエラレオンでのベースを攻撃することでした。この時期はリベリアでも激しい市民戦争が続いており、多くのリベリア人がシエラレオンで難民として暮らしており、RUFが人手を得ることが比較的容易だった事情もあるようです。RUFの台頭には、政府側の軍隊も指揮体制が整っておらず、兵士もまともな訓練を受けていなくて、市民を残虐に扱うことで知られていて、市民からの信頼も少なかったことも影響したようです。また、この政府の兵士が個人の利益を得るために敵対するRUFに武器の横流しをするような汚職も横行していたようです。映画の中で、シエラレオンに配置されているアメリカ人兵士が、「政府軍は悪いけど、RUFはさらに悪い」と言っていて、普通の市民を守る仕組みはどこにも存在しなかったことを表しているのでしょう。

政府は、適切な対応をすることができず、政府側に対しても軍事クーデターが起こり、新たにNational Provision Ruling Counsilが設立されます。1995年には、南アフリカの民間軍事会社を雇い、領地を大きく取り戻し、翌年にはRUFとこの政府の間で平和協定が結ばれます。これを機に政府は、国連から南アフリカの民間軍事会社との契約を切るようプレッシャーをかけられ、契約を切ります。その翌年の1997年には、政府軍の元オフィサーが軍事クーデターを起こし、RUFと組んでシエラレオンを統治すると宣言します。ここで、一般市民に対しての多くの暴力や虐殺が起こった為、国際機関が関与して、1999年にRUFと政府の間で平和協定を結びます。この平和協定は、RUFが戦争をやめることと引き換えに、RUFにはダイヤモンドの採掘権と副大統領の地位を与えることでした。しかし、2000年にはRUFは首都のフリータウンを再び武力をもって占拠し、旧植民地支配者のイギリス、国連が政府をサポートしてRUFを攻撃し、最終的に2001年に政府が市民戦争の終結を宣言しました。
 映画では、宝石会社の関与にも触れています。私自身、ジュエリーデザイナーとして働いた経験があり、宝石学も勉強したのですが、学べば学ぶほど、暗澹たる気持ちになったことを覚えています。多くの宝石の原石の産出国は貧しい国々であり、そこでは過酷な労働条件で亡くなる人だけでなく、国際的な密輸・密売組織、政府、国際的な宝石会社等の意図が複雑に絡み合い、その巻き添えで殺される一般市民たちも多く存在します。ダイヤモンド採掘での大きな利益は、採掘国の国民にはほぼ還元されません。また、ダイヤモンドについては、De Beersによるアグレッシブな国際広告戦略が功を奏した部分が大きく、これにも、ダイヤモンドはそのもの自体に大きな価値がある(←実際は、茶色のダイヤモンドはごみのように扱われていたのに、旧ソビエト連邦で小粒の茶色ダイヤモンドが多数産出され始めると、シャンペンダイヤモンドと名付け、多くの広告を打ったことで、突然価値があがった)というある意味でのまやかしも感じずにはいられません。

このDe Beersはダイヤモンド原石の市場を100年以上独占しました。創始者は、Cecil Rhodesで、イギリス帝国主義(優れた
民族・国家であるイギリスが、自国の利益・領土・勢力の拡大を目指して、政治的・経済的・軍事的に他国や他民族を侵略・支配・抑圧し、強大な国家をつくる)を深く信じ、当時のイギリス領南アフリカで首相も務め、当時南アフリカ領の一部だった現ジンバブエは、イギリスから独立するまでは、彼の名前からRhodesia(ローデシア)と名付けられたほど、力をもっていました。1870年代から、Rhodes氏は宝石採掘をする人々に必要な器具を売って利益を出していましたが、1888年に南アフリカのダイヤモンド原石が多く市場に出回り価格が落ちた(トパーズ等の半貴石の原石と同じ値段)際には、ダイヤモンド価格をコントロールするために、ダイヤモンド産出・流出をモノポライズします。Rhodes氏が亡くなった1902年時点で、De Beersは世界のダイヤモンド原石市場を90パーセントコントロールしていました。多くのアフリカの政府とも共同でダイヤモンド採掘を行った過去があり、シエラレオンとも共同でダイヤモンド産出・流通を行っていましたが、市民戦争の起こる7年前の1984年に協働は解消しています。ただ、シエラレオン政府はこの後もダイヤモンドの採掘・流通をうまくコントロールできず、結局は密輸・密売で一部の政府の人々とビジネスマンだけが利益を得た現実があるようです。アフリカの一国ボツワナでも、1969年にはボツワナ政府とDe Beersが共同プロジェクトとしてダイヤモンド採掘を行い、ボツワナでは民間企業最大の雇用主でした。日本との関連でいうと、アメリカ大陸でのダイヤモンド市場が飽和状態になったため、1960年代には日本市場に進出し、あっという間に「結婚指輪はダイヤモンド」という市場を作り出しました。ただ、このDe Beersのモノポリーに疑問を呈する人々や国々は増えていき、2011年には、多くの株をアメリカの企業に売り、De Beersのダイヤモンド原石モノポリーは一応の終焉となります。この間に、国際機関も何もしなかったわけではなく、2003年にはKimperely Process(キンバリープロセス)が設定され、Conflict diamond((正当な)政府に対しての戦争を経済的にサポートするダイヤモンド原石-対象は世界)が流出しにくい仕組みを作っています。これは、このスキームに参加している国々が、採掘元を確認し、コンフリクト・フリーであることを証明する必要があります。もちろん、ここから抜け落ちるものもあるでしょうが、こういった仕組みがあることは助けにはなるでしょう。
 なんだか遠いところの話のような気もしますが、イギリスでは近年でも、EU離脱を推し進める政党とキャンペーンに多大な募金を行ったイギリス人ビジネスマンのAaron Banks氏が南アフリカからダイヤモンド原石を密輸し、密売したのではないかという嫌疑をかけられていました。ビジネスマンとしてはサクセスフルではなく、多額の募金の出どころは、この密売したダイヤモンドにあったのではないか、とされています。Guardian Newspaperの記事はここより。Banks氏の父親は、南アフリカがイギリスの植民地だった時代に南アフリカのプランテーションのマネージャーをしていた人で、イギリスではこういった、親(白人)がイギリス植民地(アフリカの多くの国々や一部のアジア)で高い地位についた過去があり、旧植民地と深い関係を持っている人に会うことも珍しくはありません。個人的な経験では、植民地政策を美化していて、その時代はとても良い時代で植民地で支配されていた人々もイギリスからの高い教養を持っていた人々を統治者として持てて幸運だった、という人々にも会いましたが、人間を奴隷として扱うような世界が一部の人の既存特益を守るために存在していることが正しいとは全く思えません。

映画に戻ると、アーチャーはイギリスからの植民地支配に対する独立運動にからむジンバブエの市民戦争(1965-1980)に否応なしに巻き込まれています。ダイヤモンドの密輸・密売は犯罪ですが、そうしないと生き残ることすらできなかった彼の状況がうまく描写されています。ふと辛かった子供時代のことをジャーナリストのマディーに話すことで、彼の固い殻が少し割れて、彼の人間らしい部分が見えるのは、恐らくどんなにタフな密売人として残虐なことに関わったことがあったとしても、結局は、私たち世間一般の世界のどこにでもいる一人の人間と同じであり、違いは、たまたま生まれ落ちた環境がとても悪く逃げようがなかったということでしょう。彼が、同じ時期にイギリスの普通の家庭に生まれていれば、密輸に関わることもなければ、犯罪に関わることもなく平和に一生を終えていたことでしょう。

私の知り合いで、アフリカの普通の農村で生まれて普通に暮らしていたのに、内戦が突然起こり、反乱軍に攫われチャイルドソルジャーにされ、逃げたところをまた別の反乱軍に捉えられ、またしてもチャイルドソルジャーとして使われ、内戦が終わってから国連が設置したリハビリテーション施設で過ごした人がいます。一生懸命勉強し、自国からの奨学金でイギリス大学の学位を取りました。とても辛抱強く笑顔の多い人で、戦士等を怖いものとしてとらえる人もいるでしょうが、結局は私たちは同じ人間で、生まれ落ちるところは選べないし、多くの周りで起こること(内戦や市民戦争や大規模洪水等)は個人ではコントロールができないことがほとんどだけれど、その中でも希望を持ち、少い選択肢の中から少しでも正しいと思われる道を選ぶことで良い結果が出ることもある、ということなのかと思います。また、平和で豊かな国で生まれ育つと、こういった紛争で起こる暴力について、もともと暴力的な人々が残虐さを見せているだけで自分は全く暴力性がない人間だと、とフェンスの上に座って思うことは簡単かもしれませんが、突然会社に行く普通の日常から爆弾がたくさん降ってきて、市民戦争がはじまり、家族や家・財産すべてを失うような極限状態になったときに自分がどういう行動に出るのかは、結局は誰にも分からないのではないでしょうか。暴力性はすべての人間に存在していても、平和である程度裕福なポジションに自分がいると、それに直面せず済むことが多いとは思いますが、極限状態になったときに自分が正しいと思える選択ができるような心持も大切なのではないでしょうか。そういう意味でも、紛争に巻き込まれた難民の人々や不幸が重なりホームレスになってしまった不運な状況にいる人々に対して、自分も彼らの一人だったかもしれないし、彼らは私だったのかもしれない、と想像できることで、世の中は共感に満ちた良い場所になるのではないでしょうか。

Yoko Marta