The Green Catalyst
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邪悪な力が勝つために必要なのは一つだけ-善良な人々が何もしないこと

Yoko Marta
28.04.22 05:24 PM Comment(s)

ドキュメンタリー・フィルム「Navalny(ロシアの反体制派指導者・民主主義活動家 アレクセイ・ナヴァルニー)」

先日、イギリス国営放送BBC2で、ロシアの反体制派指導者で民主主義活動者のAlexei Navalny (アレクセイ・ナヴァルニー)さんのドキュメンタリー・フィルムが放映されました。イギリス在住であれば、ここから視聴可能です。

この映画は、アレクセイさんに対する2020年8月の毒殺失敗のからくりを追うことが中心とはなっていますが、ロシアのMaffia State(マフィアの国)のありかたや、アレクセイさんのフレキシブルな政治への考え方、アレクセイさんを含む政治家・ジャーナリストたちの政治腐敗への闘い、民主主義への希望/闘いも映し出しています。

毒殺失敗の謎は、Investigative Journalism(*1)のBillingcatsの ジャーナリストChristo Grozev(クリスト)さんが中心となって解き明かしていきます。彼の言っていたことで興味深かったのは、「伝統的なジャーナリズムは情報元となる人々を探して、その人たちと話すけど、このフェイクニュースのはびこる中で、僕は人を信用しない。僕はデータを信用する。」彼はブルガリア出身ですが、ロシア語も英語も流暢に話し、ロシアを専門とするジャーナリストでもあります。ロシアでは、普通の旅行会社に勤める人が、少ない給料を補うために、飛行機の乗客リスト等をブラックマーケットに売るのは、ごく普通のことだそうです。飛行機や船の乗客リストを売ることで、旅行会社での一日の給料と同じくらいの金額がもらえるそうです。そこで、クリストさんは、データを追い、根気強く数年かけてアレクセイさんを殺す目的で尾行していた20人以上のロシア連邦保安庁の役人たちをつきとめていきます。ちなみに、この20人以上の役人たちは、既に暗殺された反体制派指導者・ジャーナリストたちや、過去に2度、毒殺失敗となった政治家のVladimir Kara-Murzaさんを尾行していたことが明らかにされています。このKara-Murzaさんは、数日前にアレクセイさん同様、こじつけた罪名で投獄されました。
アレクセイさんは、これだけの多くのロシア連邦保安庁の役人たちが数年にわたって自分を暗殺しようと付け回すために給料を払われているということは、プーチン大統領の承認なしではありえない、と断言していました。アレクセイさんは、この20人以上の役人のうちの数人に電話をかけ、連邦保安庁の役人のふりをして、実際に直接毒殺に関わった化学者から、毒殺の具体的な方法や毒殺の証拠をどう消したか等を聞き出すことに成功し、このやり取りもドキュメンタリーの中で公開され、かつ以前にも音声は既に公開されています。プーチン大統領はアメリカのCIAの陰謀に違いない、として否定しています。うっかりと暗殺の詳細を明かしてしまった化学者の消息は誰も知らず、恐らく暗殺されたのではないか、と見られています。
イギリスでは、2018年に、ロシアからイギリスへ亡命していた元スパイのSergei Skripal(セルゲイ・スキルパル)さんと、セルゲイさんをたまたま訪れていた娘のユリアさんが、アレクセイさんに盛られたのと同じ毒、ノヴィチョックで毒殺されかけ、二人ともなんとか命を取り留めました。これ以前にも、2006年にロンドンでAlexander Litvinenko(アレキサンダー・リトヴィネンコ)さんが毒殺され、クレムリンの仕業であるとアレキサンダーさんも死ぬ前に明言し、彼の毒殺された経緯からもほぼそれが正しいのではとされていましたが、プーチン大統領は否定しています。イギリスでは、この他にもかなりの数のロシア人がクレムリンの仕掛けた暗殺ではないか、という死亡例が多く報道されています。ガーディアン紙の記事はここから。
イギリスでは「ノヴィチョック=クレムリンの仕業」という図式が多くの人々に反射的に思い浮かびますが、アレクセイ・ノヴァルニーさんも、ノヴィチョックはプーチン大統領の指紋がついている、と言っていました。

少し不思議に思うのは、有能でエリートであるとみられているロシア保安庁のスパイや高官が、毒殺を完遂できなかったケースがかなりあることや、うっかりと毒殺の内容をフェイクコールに対して答えてしまったりというミスを犯すのか、ということですが、アレクセイ・ノヴァルニーさんは、一つのよく知られている例を出します。

Moscow4 (パスワード: モスクワ4)
ある日、ロシア保安庁の高官のデータがハックされる。
パスワードは、Moscow1だった。
その人のデータは、またしてもハックされた。
パスワードは、Moscow2だった。
またしても、3度目のハックが起こる。
パスワードは、Moscow3だった。。
そして4度目のハックが起こる。
信じられないことに、そのパスワードは、Moscow4だった。。。
これは実話だそうです。
そのため、ロシアでは、「Moscow4」と言えば、エリートだと見られているスパイ組織の高官を揶揄する、組織自体が壊れていることを指すそうです。

アレクセイ・ノヴァルニーさんは、毒を盛られた後は昏睡状態が続いていて、ロシアの病院ではまともに診療を受けることは期待できず、家族や様々な協力者の助けで、ドイツのベルリンの病院へ搬送され、治療を受けました。この病院で、原因はノヴィチョックだということが確認されます。回復するとすぐにロシアに戻り、空港で逮捕され、現在はこじつけた罪名で長年の牢獄生活を送ることとなっています。ただ、その状態でも、Twitterでロシアのウクライナ侵攻へのデモンストレーションを促したり、活動をできる限り続けています。彼自身は、何も恐れていない、と言っています。
実際、怖れるべきなのは、ロシアの一般市民から盗み続けているオリガーク(新興成金)やクレムリンの人々でしょう。

ナヴァルニーさんの家族はどう思っているのでしょう?
娘さんは、現在アメリカの大学で勉強していますが、父は毒殺されかける前にも多くの危険な状態を経験しており、いつか殺されるかもしれない、という思いは常にある。でも、父は正しいことをしたからこそ、牢獄に入れられた。もしドイツからロシアに帰らなかったら、私は、ロシアへ戻って闘って、と言っていたでしょう。これは、闘う価値のある闘いです、と明確に述べていました。
奥さんのユリアも活動家で、あらゆる面からアレクセイ・ノヴァルニーさんに協力し、自由・民主主義にむけての闘いを続けています。
最後のアレクセイ・ノヴァルニーさんのロシアの人々に対するメッセージは、心に残るものでした。
簡単に訳すと以下となります。

聞いて、私はとても明らかな何かをきみたちに語らなければならない。
きみたちは、諦めることを許されていない。
もし、彼ら(プーチン大統領を含むクレムリン)が私を殺そうとしたなら、私たちはとても強い力を持っている。
私たちはこの力をいかしてつかう必要がある。
諦めないためには、私たちはとてつもない力をもっていることを覚えておく必要がある。
この大きな力は、これらの悪い奴ら(プーチン大統領を含むクレムリン)によって抑圧されている。
私たちは、自分たちが実際にはどんなに強いのか気づいていない。
邪悪な力が勝つために必要なのは一つだけ-善良な人々が何もしないこと。
だから、何もしないということはしないで。

(*1)Investigative Journalism(インヴェスティガティヴ・ジャーナリズム)の定義:権力のある人々によって意図的に隠されている、或いは混沌とした状況の中で事故的に隠されている事柄を明らかにすること。そして、すべての事実と分析を公衆に公開すること。普通の人々の生活や人生に大きく関わることがらで、隠されている事実を知ることによって、普通の人々が事実を元に自分の決断をすることを可能にする。近年の大きな例/パンドラ・ペーパー等

Yoko Marta