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貧しい人々をつくりだし搾取する仕組を理解して、変えていく ー みんなが安心して対等に暮らせる社会へ

Yoko Marta
10.08.22 02:12 PM Comment(s)

貧しい人々をつくりだし搾取する仕組を理解して、変えていく ー みんなが安心して対等に暮らせる社会へ

イギリスは、ヨーロッパの中では、いろいろな意味で、とてもアメリカ寄りの国です。
過去12年間、保守党がマジョリティーで、アメリカの保守派とよく似ている「 小さな政府、公共事業等の私有化、個人責任、規制緩和(ほぼ破壊に近い)、企業の税金の大きな削減、フリーマーケット(自由市場)」を掲げた政策を行い、法律や規制を大きく変えてきました。
この12年間で、ホームレスの数は圧倒的に増え、かつ、In work Poverty(インワーク・ポヴァティーː フルタイムで働いているにも関わらず、フードバンク(無料か格安で食料や日用品が手に入る)を利用せざるを得ない人々)が著しく増大しました。
また、 グレンフェルタワーの火災の大きな死者数でも明らかになったように、さまざまな分野で規制緩和が進み、実際には使われるべきでない可燃性の高い素材が高層ビルに使われ、それを監査すべき機関も予算が削られ機能できず、 企業が政治にも大きく力を及ぼし、企業の利益増大のために、市民や労働者が大きく犠牲になってきた時代でもあります。
ここ数か月は、労働組合が力を合わせてストライキを行っており、いくつかは成果を上げていますが、まだまだ労働者の力は、他のヨーロッパ諸国に比べて脆弱です。
ただ、どこかでこの 権力と富が一部の限られた人々や企業に蓄積している状態を変えないと、いつまでも貧しい人々が作り続けられ、そこで搾取し続けられます。この貧しい人々は、大部分の市民であり、かつその層は増え続け、健康で公平な状況だともいえないし、Social Contract(※ソーシャル・コントラクトː 国家と市民の間の契約)にも反しているでしょう。
※ソーシャル・コントラクトː 実際に文字にされていなくても、病気や加齢、失職等様々な事情で人間としての基本的な生活が送れなくなった時、国家がサポートをする仕組等

Robert Reich(ロバート・ライヒ)さんの、知見に満ちた記事は ここより読めます。
分かりやすく、かつ的確・明瞭に書かれた記事に出会い、新たに考えが広がることも、英語が理解できて良いことの一つです。
外国語、特に英語は、自分の世界を広げ、自分の周りで起こっていることを理解し、良い方向に変えていくことに役立ちます。
※直訳ではありません。

アメリカの保守党もイギリスの保守党も、同じ まやかしの神話を使います。
「私たちの選択は、 フリーマーケット(自由市場)と政府。フリーマーケットに結びつくのは資本主義で、政府が介入するのは社会主義。フリーマーケット(自由市場)はより望ましい。なぜなら、もう一つの手段は、「フリーダム( 自由)」を破壊するから。私たちが経験する不平等と不安定さは私たちのコントロールを越えている。不平等と不安定さを減らそうとする努力は市場を抑制する危険なことで、予測もつかない深刻な結果をもたらすことになるーもし数万人の人々が複数の仕事をしなければならず、それでも次の週や翌月にどのぐらいの給料が手に入るのかが分からないのは、市場の力の自然な結果だ。もし多くの子供たちが貧困にいるとすれば、それは自由市場のせい。中産階級を失っているのであれば、それは多くの人々が怠け者で、「新しい経済」に対応する資格/能力がないから」

ここには大きな矛盾があります。
フリーマーケット(自由市場)とは一連の規則です。
以前、Due Diligence(デュー・ディリジェンス)に関するウェビナーで、日本の政策に関わる人が、「自由市場とは、お金を儲けた人々や企業の勝ちで、ルールなんてどうでもよく、儲けられない企業や人々は自然に淘汰されるから新しくDue Diligence(デュー・ディリジェンス)なんて設ける必要はない」という内容のことを言っていて、とても驚いたと同時に悲しくもなりました。
自由市場は、自由競争といっても、Accountability(アカウンタビリティː 義務・説明責任)から自由なわけではありません。
義務とは、例えば、働く人の権利を守る(働く人々の勤務時間や健康等に関する規則を守る)だったり、自然を汚染したり公害を引き起こさないことです。
また、 「Level Playing Fieldー同じ土俵で競争する(一定のルールに従う)」という自由市場のルールを守る義務から自由なわけではありません。
自由競争は、ジャングルの中で力の強いものが弱いものを抑圧して支配するという仕組とは全く違います。
価格を極端に下げるために、働く人々に定められた給料を支払わなかったり、サービス残業を強要するのは、 「Level Playing Fieldー同じ土俵で競争する」という自由市場のルールに違反しています。これは、「ずるい」ことで卑怯なやり方です。
日本は、戦後の経済成長の時期にダンピングをしていたことで、国際社会から大きな批判を受け、制裁も受けた過去があります。
ただ、現在でも、それを振り返り反省し行動を変えたかというと、私個人としては、そうだとは思えません。
ちなみに、日本の主流である自由民主党は、アメリカやイギリスの保守党に近く、さらにRight Wing(右派)で、Nationalist(国粋主義)であると見られています。

ロバートさんが挙げているフリーマーケット(自由市場)とは一連の規則としては、以下が挙がっていました。

1)何を所有できて、何を売買(取引)できるのか?(企業?奴隷にされた人々?機関銃?核兵器?赤ん坊?選挙の票?自然を汚染する権利?)

2)どういう決まりで?(敵対的な乗っ取り?企業のモノポリー?労働組合を組織する権利?最低賃金?パテント保護の期間?)

3)どのような条件のもとで?(無保険のデリバティブ(金融派生商品)?詐欺的な家のローン?紛争の委任的仲裁?)

4)どのように借りているものを払い戻すか?(債務者を刑務所に入れる?破産?企業救済?)

5)何が民間(個人)で、何が公共?(きれいな空気?きれいな水?医療システム?良い学校?)

6)公共と見なされれているものに対して、どのように支払うか?(企業に対する税金?固定資産税?使用料?道路使用税?個人所得税?)

これらのルールは、人間がつくったもの
です。
政府はフリーマーケット(自由市場)の邪魔をするのではなく、市場を組織し、維持します。
マーケットはルールによって制約を受けるのではなく、 ルールがマーケットを定義しています。
本当の質問、さまざまな専門用語(需要と供給のカーブ、インフレーションと政府の赤字、貿易赤字、経済成長、失業とインフレーション)の後ろにしばしば隠されているのは、 そのシステムが多くの市民、最も恵まれない人々を含めて、の生活を向上させているのか、それとも、既にリッチな人々をさらにリッチにしようとしているかです。
これらのルールは、誰が作っているのでしょう?
民主主義の国であるなら、大体は、さまざまなポジションの人々、裁判官、弁護士、管理者、政治家、アドバイザー、それからそのシステムの中で権力をもっている人々によって、そのポジションに任命された人々です。 中心的な問題は、政府がどの程度関わるかではなく、このシステムは誰のものなのか?ということです。
もし 民主主義が機能していれば、これらのルールをつくる人々は、多くの市民のため、特に最下部の90パーセントの人々を代弁して行動しているはずです。
しかしながら、過去40年間の間にエスカレートされた悪循環は、実際には政治家、規制機関のトップ、 裁判官に贈賄する富を持った人々によってつくられてきました。 富はトップの少数に集中し、それゆえ、権力もトップの少数に集中しました
冨は、ゼロ・サムゲーム(一方が利益をだせば、一方が失う。合計すると常にゼロとなる)ではありませんが、権力はゼロ・サムゲームです。ここに、問題があります。
企業に対する税金や裕福な個人に対する税金は下げられ、裕福な人々が子供たちに譲り渡す屋敷や家屋の税金はゼロとなりました。政府歳入の増大している部分は、家屋税や売上税(日本の消費税に近いもの)、社会保障制度等、下部の90パーセントの人々からきています。その間、ヘッジファンドとプライベートエクイティファンドのパートナーのために、税法にループホールが作られました。税法は、石油・ガス業界や医薬品業界に特別なループホールを設けています。
例えば、知的財産権(パテント、商標権、著作権等)は、続々と大きくされ拡張され、薬品業界、ハイテック業界、バイオテクノロジー業界やエンターテイメント企業に棚ぼた収入をもたらしてきました。これらの企業は、 モノポリー状態を過去のどんな時代よりも持続することができ、これは高い値段で消費者に売ることを可能にしています。( モノポリーで正常な競争はないから、どんな値段でも売れる。消費者に選択権はない。

独占禁止法は緩和され、その結果として、最も支配的な企業は大きな利益と政治的影響力をもち、それが高い価格と働く人々の影響力を低くしています。
ちなみに、日本はもともとこれらの規制が企業利益のために一方的に歪められ、一般の消費者や労働者に対しての保護がとても小さい国です。また、既存の企業の利益を守るために、新たに参入する企業がより良いサービスや価格を提供できる(消費者や市民にとって良い結果)としても参入することをとても難しくしている仕組があります。
アメリカでは、セミコンダクター等の非常に重要とされたテクノロジーを扱っている企業は、企業の大きな補助金を受けています。
大企業に対する破産法は緩和されたのに、個人に対する破産法(家のローンや学生奨学金ローン等)はとても厳しくされました。金融危機では、大きな銀行や自動車製造業者は、(市民の税金を使って)救済されましたが、家のローンを払えなかったホームオーナーは救済されませんでした。

コーポレートガバナンス(企業統治)は、働く人や企業がビジネスを行うコミュニティーを含んだすべてのステークホルダーから、Shareholderのみへと移行しました。交渉力は、大きな労働組合から、強大な企業へと移りました。経済的な力は、地方銀行からウォールストリートへと移行しました。

これらの変化や、数千のこれらのような変化が実施され、 富と権力は上に向かって集中し、それに続くルールの変化は、さらにトップの富裕層に恩恵を与えるよう歪められます
この悪循環は、巨大な、でも隠された、 下部の90パーセントの人々が生み出している収入と富を上に向かって分配する仕組みを作りました。

現在のインフレーションは、正常な自由競争がないため、支配的な少数の企業が自分たちの利益のみを求めて商品の価格をいくらでもつりあげることができ、それを実行していることが原因だとロバートさんも含めて多くの経済学者も指摘しています。
イギリスもアメリカも、「今回のインフレーションは、自国外で起こっていること(ウクライナでの戦争での穀物不足/ロシアがガスと石油をヨーロッパに対して戦争のツールとして使っている)や自政府ではコントロールが及ばないことが原因なので、誰も何もできない」というロジックを使用することが多いですが、これは事実ではありません。
多くの石油・ガス会社は今までにない多額の利益を上げ、また食品企業も同じです。これらの利益は、会社の株主や社長等の間のみで分配され、実際に働いている人々には全く還元されません。また、彼らは、値上がりに苦しんでいる一般市民(実際には、私たちは同じ社会で生きているにも関わらず)のことも無視しています。イギリスでは、これらを背景として、大きな労働者のストライキの波が起こっています。

増大する怒りとフラストレーションー働いても働いてもどこにも行けない人々が感じる、と不信感は、社会のモラルの基本をむしばんでいます。 それは、扇動者、有力者、さらにはソシオパスの魅力の影響を受けやすい多くの人々を生み出しました。
ひとたび 悪循環が本格的に始まれば、経済不況、戦争、革命など、システムを根本から揺るがすような災難なしには、簡単に止めることはできません。しかし、これらの災難でさえ、新しく出現するシステムが、それが置き換えるシステム以上のものになるという保証はありません。それはもっと悪いかもしれません。
フランクリン・D・ルーズベルトが1938年にアメリカが警告したように、アメリカがまだ大恐慌のどん底にあったとき、「 民主主義が他のいくつかの大国で消えたのは、それらの国の人々が民主主義を嫌っていたからではなく、失業と不安定さにうんざりしていたからであり、政府の混乱と政府のリーダーシップの欠如による政府の弱さに直面して、無力に座っている間に子供たちが飢えているのを見るのにうんざりしていたからです。最後に、 絶望の中で、彼らは何か食べるものを手に入れることを期待して自由を犠牲にすることを選んだ。」
多くの点で、2016年のバーニー・サンダースとドナルド・トランプの立候補に端を発した激動は、アメリカにおける革命期の始まりを告げました。しかし、 革命は民主的であることもできるし、権威主義的であることもできます。 彼らは無力な人々により多くの力を与えることができるか、または 彼らは権力の力を定着させることになることができます。悲しいことに、 トランプが大統領になった後、さらに多くの富と権力がトップに向かって急増しました。トランプの反民主主義革命は今日まで続いています。
私たちには 民主化を求める革命が必要です。これはまだ可能です。しかし、 民主主義を失うことなく悪循環を逆転させるためには、大規模な動員が必要です。
この種の何かが、進歩派が最初の金メッキ時代の強盗男爵から私たちの経済と民主主義を取り戻した20世紀初頭に起こりました。ウィスコンシン州の「ボブと戦う」ラフォレットは、国内初の最低賃金法を制定しました。大統領候補のウィリアム・ジェニングス・ブライアンは、大手鉄道、巨大銀行、保険会社を攻撃しました。セオドア・ルーズベルト大統領は巨大財団を壊滅させました。スーザン・B・アンソニーのようなサフラジェット(女性の投票権を求める運動)は女性に投票権を確保しました。ジェーン・アダムズのような改革派は、子どもと国民の健康を守る法律をうまく推し進めました。メアリー・ハリス・"マザー"・ジョーンズのような組織者は労働組合の先頭に立ちました。
進歩主義時代は、 何百万人ものアメリカ人が、富と権力がトップに集中していることがアメリカの民主主義を弱体化させ、不正を行って経済的に自分たちを有利な状況に置くのを見たので、湧き上がりました。何百万人ものアメリカ人が皮肉を克服し、動員し始めました。
アメリカでもイギリスでもこの大きな動員は起こりつつある傾向は見えるものの、まだ起こっていません。
日本では、民主主義の考えが根付いていない(誤解されている)部分も大きいですが、英語での記事や文献を読み、これからの社会をみんなで変えていくことが可能です。
さまざまな権利は、偉い人々(富と権力の集中している部分に自分たちを置いている人々)に黙って従っていれば、与えられるものではありません。効果的な方法で抵抗し、権利を勝ち取る必要があります。いったん、権利を勝ち取っても、それはいつでも奪い取られる可能性があり、私たち市民は、政府や企業のAccountability(義務・責任説明)を監視し、問い続ける必要があります。
そのためには、 正しい知識をつけ、現状を明確に認識し、言葉で説明できることが大切です。
「何をしても変わらない」という無気力さは、富と権力の集中している部分に自分たちを置いている人々にとって、とても都合のよいことだし、彼らは、大多数の一般市民がそう思うよう、教育機関やメディア等に影響を及ぼすでしょう。
現在の仕組は、人によって(特にこれらの冨と権力が集中されている部分にいる人々)作られたものであり、それが、多くの市民にとって良くないものであれば、変えるべきであり、変えることができます。
難しい状況に陥った人々を責める傾向が日本では強いように思えますが、これらは現在の仕組によって作り出されたものであり、 彼らも私たちの大事な仲間です。
誰もが、人生のどこかで病気やケガをしたり、失職したり何かを失う機会があるのは不可抗力であり、それには社会全体で支えるような仕組があるべきです。それが、ソーシャル・コントラクトでもあります。
難しい状況に陥った人々を責めたり、しっかりとサポートしないような社会は間違っていて、不健康な社会です。

誰かが変えてくれるのを待っているのではなく、周りを巻き込んで自分たちで変えていくことが重要です。
変化は、今日このときから始まり、未来につながっていきます。