The Green Catalyst
The Green Catalyst
Creating futures we can believe in

実話を元にしたイギリスのドラマ「The Walk-in」

Yoko Marta
24.10.22 04:35 PM Comment(s)

実話を元にしたイギリスのドラマ「The Walk-in」

現在、イギリスのITV(チャンネルでは3)では、極右過激派と闘う団体「 Hope Not Hate (希望、憎しみではなく)」に属している人の実話を元にしたドラマが放映されています。タイトルは、「 The Walk-in 」。The walk-inとは、秘密裏に潜入して情報を探り出し、その情報を渡す人です。

物語は、私も覚えているし、多くのブリティッシュも覚えているだろう2つの殺人・殺人未遂事件から始まります。

1つ目は2015年のウェールズで起きた殺人未遂事件で、白人の犯人は全く知らない人をアジア人に見えるということで「White Power!(白人の力!)」と叫んで斧と金づちで襲い、重傷を負わせました。ウェールズは、The UK(イギリス、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの連合国)の一つで、イギリス国とも地続きです。

2つ目は2016年に、移民を歓迎するというスピーチを行った労働党の女性議員Jo Cox(ジョー・コックス)さんが射殺・刺殺された事件です。

この2つの事件は、Brexit(イギリスの欧州離脱)の国民投票へ向かっているところで、極右派の活動が非常に活発になり、人種差別もひどくなっていった時期にあたります。私自身、20年以上ロンドンに住んでいて、黄色人種についての差別用語を数度投げつけられたのはこの時期で、とても驚いたのを覚えています。

Facebook広告といったソーシャルメディアでも、移民や難民をひどく表現するものが増え、移民に反対する声も大きくなりました。肌の色が違う人々だけでなく、大きな移民コミュニティをもっていたポーランド人に対する差別や加害もとても大きくなっていた時期です。イギリスの欧州離脱の後の現在(2022年)は、欧州連合の人々は大きく減ったものの、欧州連合以外からの人々の移民は大きく増えました。それにも関わらず(欧州連合以外からの移民が急速に増えているので、肌の色が違うことも多く、視覚的に目立つはず)、移民に対して関心のない割合がとても大きくなっています。Brexitへと向かった時期に、ウェブサイトやソーシャルネットワークの憎悪を煽る虚偽の情報に操られた人々の数は大きかったと見られています。

このドラマでは、いかにも普通のどこにでもいるような人々が演じられます。イギリスは、俳優(男女どちらも)の演技力がとても高いことでも知られています。

主人公のCollins(コリン)は、若い頃、極右派で白人至上主義の団体「National Action(ナショナル・フロント)」に所属していました。でも、黒人やアジア人への意味のない暴力に耐えきれず、この団体を告発します。
報復を避けるため、彼は数年間オーストラリアで隠れて暮らす必要がありましたが、ロンドンにある極右派の団体と闘う「Hope not Hate」で働くこととなります。

もう一人の主人公は、ごく普通の若い男性のRobbie(ロビー)で、孤独感や、やりがいがなく賃金の低い先の見えない仕事、同僚のイスラム教徒嫌い等から影響を受け、自分でウェブサイトをリサーチし、次第に極右派の思想に傾き、白人至上主義のNational Action (ナショナル・アクション)に入団することになります。ナショナル・アクションは、The UKで初めてテロリスト団体として認識された団体で、所属することは違法となっています。このエピソードで、イスラム教徒の同僚たちだけがお祈りをする時間を特別に許され、他の人々はそのお祈り時間にも働いていることで言い争いが少し起きたりして、小さな不満が、他の小さな出来事とも重なってどんどん極右派の思想に傾いていくのが現実的な描写でした。
でも、ロビーも、この団体の罪のない人々への暴力や殺人計画(本当の話で、女性議員の殺害が計画されていた)に耐え切れず、コリンに連絡し、殺人計画が実行される前に止めることができました。その結果、ロビーは、ナショナル・フロントから殺される可能性がとても高くなりましたが、アイデンティティーを完全に消して別人として警察の保護のもとに生きるWitness Protection(証人保護)は拒否します。この証人保護のプログラムに入ると、自分の親や妹とも、友人たちとも二度と会えなくなります。
ロビーには、妹もいて、妹の子供にも優しく、少し内気などこにでもいる良い青年としか思えません。
ロビーが、極右派の思想に傾き始めたあたりに、妹と話しているときに、有色人種の人々を害獣に例える場面があり、妹に、「なんてひどいことを言うのか」とたしなめられます。
こういった差別や憎しみは「言葉」から始まり(=特定の人やグループの非人間化)、暴力や殺人へとエスカレートしていくのはどの世界でも同じです。自分が誰かや、特定のグループの人々にこういった差別的な言葉を使い始めたら、注意深く自分を観察し、行動と考えを正さなくてはなりません。周りの人々に対しても、差別的な言葉が出てきたら、明確に、その発言の意図はどこにあるのかを問う必要があります。

ロビーは、「自分の仲間を裏切りたくはないけど、殺人や暴力で無実の人々が傷つくのは我慢できない」ということで密告することとなるのですが、仲間の名前や詳細は言いたくありません。そこでコリンが「彼らは友達なんかじゃない。」というのですが、ロビーは「初めて仲間と思える人たちにあえた」ということで、いかに孤独感が強かったのか、またそういうごく普通の人々の孤独感や閉塞感を巧妙について活動に誘い込み、逃げ出せないようにする手口も明らかにされています。
ロビーは、田舎で労働者階級に育ち、白人以外の人々と友達になったこともなければ、アイデンティティーの違う人々とも会ったことがなく、レストランに行ったこともなく、外国へ旅行したこともなく、善良ですが、とても狭い世界で生きているナイーブ(英語でナイーブにはポジティブな意味はありません)な人として描かれています。
このナショナル・フロントの会合でも、演説が巧みでカリスマティックな団員もいるし、団員たちがパブに集まるソーシャルな場面も、白人至上主義の過激な思想とは対照的に、フレンドリーで仲間意識をうまく培う場面もあり、カルト宗教にはまるように、普通の人がこういった極右派の団体に深く考えずに入ってしまい、抜け出せなくなる場合もありうるよね、と実感として感じられます。

また、この閉塞的な社会の背景には、イギリスの保守派が2012年から政権を握り、病院や学校、警察、子供の保護等の重要なPublic Services(公共サービス)を大きく削り、お金のある人々にはさらにお金がいき、貧しい人々はさらに貧しくなるような政策を実行し続けてきたことにもあります。保守派が政権を握っているこの12年ほどで、フルタイムで仕事をしているにも関わらずまともに食料品を買えない人々、家賃を払えない人々等が大きな増加をし続けました。これは、社会にひずみを生み、それはどこかで爆発しますが、政府は貧しい人々同士が争うよう仕向けます
労働者階級の白人層のフラストレーションは理解のできるものですが、実際の原因である政策や政府の責任を問うのではなく、同じく貧しい移民(多くは非白人)へ憎悪へと向かいます。これは、日本を含む、他の地球の別の地域でも起こっていることと、パターンは同じでしょう。

Social Contract(社会契約ー人々が社会に期待するもの/人々が社会に貢献するもの)が壊れている場所では、こういった憎悪を元にした犯罪やテロ事件が増えるのは自明でしょう。

先日、他の新聞記事でも、人々が幸福、或いは満足に感じる社会とは、経済が非常によくまわっていて(一部の人々に)お金がたくさんある社会よりも、大多数の人々の安全(十分な食料、質の良い住む場所、病気をしても治療を受けられる、未来があり尊厳をもてる仕事等)が保障されている社会だとされていました。イギリスは、ヨーロッパの中では異端児で、民主主義を守る機関やルールはどんどん弱められ、大きな企業が人々を搾取し、なんの代償も払わず短期間の企業のShareholder(株主)への利益のために自然や安全な水質を破壊し続けることも可能とし、貧富の差はとても大きくなっています。さまざまな公共サービスへの予算を大きく削り、水事業まで私有化するという極端さです。また、政府のプロジェクトの多くは、議員の友人や家族へと、まともな監査なく渡され、プロジェクトが完全な失敗で税金が無駄にされてもその後の責任を問うことはなく、市民団体が訴えて裁判中の件もたくさんあります。多くの普通の市民が政府を信じられない場所では、民主主義も機能しないし、もともと弱い立場にあった人々は、生きるのが難しい場所へと追いこまれ、中流階級の人々も、弱い立場へとどんどん追いやられています。

だからこそ、状況を正しく観察し、正しい場所に怒りを向け、誰もが安心して生きていける社会に向けて行動していくことが大切です。

このドラマの中でコリンが大学に招かれて講義を行った際、「自分も昔は極右派の団体に所属していて、人種差別者だった。こういった人たちは変われるのだろうか?僕は、いま、完全に違う考えを持つ別の人となった。
ひとは変わることができる。僕が変れたのだから、他のひとたちだって変われる。」という内容のことを言っていたのは印象的でした。

このドラマの放映は続いていて、月曜の夜9時から10時です。
興味があればぜひ。
イギリスの北部の英語の訛りや、他の地域の訛りも勉強になります。

Yoko Marta