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Freedom from fear (恐怖からの自由)

Yoko Marta
27.12.22 12:06 PM Comment(s)

Freedom from fear (恐怖からの自由) Reith Lecturesより

Reith Lectures(リース・レクチャーズ)の最終回(4回目)は、Fiona Hill(フィオナ・ヒル)さんによる「 Freedom from fear(恐怖/恐れからの自由) 」でした。

フィオナさんは、米国家安全保障会議(NSC)の元ロシア担当首席顧問で、オバマ元大統領やトランプ元大統領の下でも働いていました。トランプ元大統領の弾劾公聴会での彼女の勇気ある証言を覚えている人もいるかもしれません。

フィオナさんは、どのような人生を生きてきたのでしょう? (これは、Reith Lecturesの中では一部しか語られていません)
フィオナさんは、イギリス北部出身で、アメリカで過ごした期間が長いものの、北部イギリス訛りの英語を話します。私には、北部イギリス訛りは、歌のようなリズムが少しあって好ましく感じるのですが、イギリスは階級社会で、北部イギリス訛りは、往々にしてWorking Class(労働者階級)と結び付けられます。実際、フィオナさんのお父さんは炭鉱で働いていて、多くの炭鉱が閉鎖された後は病院のポーターとして働いていたそうです。子供時代は貧しい家庭だったので、車を洗うパートタイムの仕事をしたり、母が洋服を縫っていたそうです。オックスフォード大学の入学面談に行ったときに、北部訛りや着ていたものを馬鹿にされ、結局は、スコットランドのUniversity of St. Andrew(セント・アンドリュー大学)のロシア語コースに進んだそうです。在学中に、有名なゴルフコース内(多くの政界人、著名人が会員)のレストランで働いているときに、セクシャルハラスメントを訴えて、マネージャーから「ブラックリストに載せてやる」と脅された経験もあるそうです。彼女の正義感と勇敢さは、既に若いときから発揮されていたようです。在学中に、モスクワへの留学の機会をつかみ、2年ほどモスクワで過ごした際にアメリカ放送局でのインターンも経験し、アメリカでのGraduation Programへの参加への機会をつかみ、その後はアメリカで勉強、働くこととなりました。2023年の夏からは、イギリスの大学でも講義することが予定されているそうです。

フィオナさんの講義の中で、興味深かったのは、Danger(危険)とFear(恐怖/恐れ)について。

ロシア語で「保険」にあたる言葉は、「危険に対して準備する」という意味だそうです。
この世の中の「危険」をすべて消し去ることはできませんが、「恐怖からの自由」は実現可能です。
彼女が育っている間は、ソビエト連邦からの核兵器の恐怖がヨーロッパ内ではとても大きい時代でした。その恐怖をなくすために彼女が取った手段は、恐怖に対して正面から立ち向かう、すなわち、ロシア語を勉強する/ロシアに住む、ということでした。
知識をつけ、正しい情報にアクセスし、自分の自主性を主張し、前もって準備やトレーニングをすることで、「恐怖からの自由」を獲得することができます。
フィオナさんは、モスクワで多くの地元の人々や文化を知るにつけ、怖がることは何もない、と気づいたそうです。

気を付けないといけないのは、「危険」と認識していることは、Real(リアル/現実)なのか、想像したものなのか、ということです。
経済的に豊かな国々に暮らしている場合、多くの人々が「危険」と認識しているものは、想像したものであり、現実ではないことが大半です。
目の前に虎がいて襲い掛かられそうになれば、現実の危険ですが、現在、プーチン大統領が繰り返し使っている「核兵器戦争へのエスカレーション」は、ブラックメールです。プーチン大統領は、ただの一人の「ひと」であり、彼の行動にはパターンがあり、予測可能なこともたくさんあり、反撃することは可能です。彼の行動パターンを長年にわたり観察し、世界情勢やロシアの政情を見ていると、より正確にものごとの判断が行えます。

プーチン大統領は、「恐怖」を使って巧妙に人々の心の操作をすることが得意です。
「戦争のエスカレーション(西側がウクライナに兵器を供給し続ける)があれば、核兵器を使う」という宣言は、西側諸国の一部を震え上がらせる効果を一時的に見せましたが、この目的は何でしょう?
プーチン大統領は、2日ぐらいでキエフは陥落し、自分の傀儡政権をウクライナに置き、ウクライナを地図上から消すことができると思っていました。でも、結果は全く違い、1年近くたった今も戦いは続いています。ロシア人兵士も多く亡くなれば、国民からの支持も落ち、彼の支配を危うくします。それは、彼自身の「死」を意味することになります。彼は、戦争を終わらせたいと思っていますが、自分が生き残るためには、「ロシアは勝利した」というナラティヴが必要です。そのため、彼にとって一番好ましい状況は、「核兵器戦争」というブラックメールに恐怖を感じた西側の国々が、ウクライナ政府に対して、武器供給を止め、一方的にロシアに降伏し、ロシアの言いなりに領土を引き渡すことを強制することです。

的確な観察と考察を行えば、目的は明確であり、かつ行動もそれに結びついています。
プーチン大統領の恐怖戦略にはまらないようにすることは大事です。

また、プーチン大統領は、世界の分裂や、1920年代から続く南アメリカや他の国々の社会・共産主義のコネクションもうまく利用しようとしています。
現在、アフリカや東南アジア、南アジアの活力は強いものですが、これらの国々は、ヨーロッパやアメリカのことは基本的には良く思っておらず、「西側」という括りには入らないグループです。これらの国々は、ヨーロッパからの植民地支配を長く受けて苦しんだ歴史が長いことや、アメリカ・イギリスのアフガニスタン・イラク侵攻の結果からも、これらの地域では「西側」に良い印象はないし、当然の結果です。プーチン大統領は、ウクライナへの侵攻を、「アメリカのロシアに対する代理戦争(ロシアを攻撃したいアメリカがウクライナを代理人として武器を渡して戦争させている)」とフレーミングしています。これは、一部のアフリカやアジアでは、「植民地化への抵抗」と結び付けられ、受け入れられています。
でも、この偽のフレーミングに惑わされてはいけません
ロシアに侵攻したり、ロシアを攻撃した国はありません。また、アメリカもウクライナやロシアを支配したいわけではありません。これは、ロシアがウクライナに対して仕掛けた戦争です。
ウクライナへの侵攻は、「ロシア前身の旧ソビエト連邦の間違い(=ウクライナの独立を認める)を正す」と掲げてもいて、大英帝国やフランス、スペインや日本が他の国々を植民地化していたときと同じ、「帝国」というイデオロギーに沿っています。
適切なアナロジーとしては(実際に起こったわけではないが、この戦争に近い例えとしては)、「大英帝国(現イギリス国)の植民地支配に対して独立戦争を起こしたアイルランドは1930年ぐらいから独立国。でもアイルランド島の一部は北アイルランドとしてイギリス国の一部であり紛争や討議も絶えない。(←ここまでは事実)そのため、アイルランド独立の30年後に、アイルランドは存在しない、イギリスの一部だということで、イギリス軍がアイルランドに侵攻する」です。
ここでは、ロシア(旧ソ連)=イギリス(大英帝国)で、ウクライナ(旧ソ連から独立)=アイルランド(大英帝国から独立)です。
このフレーミングを正しく明確に述べることは大事です。

プーチン大統領は、操り人形たちを操るマスターというより、亀裂や小さな火をみつけて、それらを大きくする、利用することが得意な人であると見られています。
例えば、イギリスでは欧州離脱があり国民の中での大きな分断・欧州連合との対立、ドイツでは長く続いたメルケル元首相から今までにない組合せの新しい連立政権の誕生、欧州連合内でのもめごと、欧州連合やヨーロッパ内での過激右翼派やファシスト、白人至上主義の高まり等の、もともとある亀裂をさらに大きくし、国々や人々を分断し、弱めようとしています

ヨーロッパでもアメリカでも、Authoritarianism(権威主義)とPopulism(ポピュリズム)が台頭していますが、この2つはどちらも「恐怖」を根っこにもっています

世界のどこにいても、グローバル化の影響はあり、今まで当たり前だと思っていたことを失う恐怖、過去を失う恐怖、「Others(他人)」に対しての恐怖(移民等)、肌の色や髪の色が違う等の見かけの違う人々への恐怖、ただ単に今まで主流だとされていた考え方をしていた人々とは違う考えを持っている人々への恐怖、自分のアイデンティティーや文化が失われる恐怖とさまざまですが、世界のどこでも基本は同じです。これは経済的・政治的・社会的に大きな変化が急速に起こる際に発生します。
ナチの台頭もそうだし、プーチン大統領の台頭も、経済的・政治的・社会的な大きな変化と危機を経験し、大衆が大きな「恐怖」を感じ、「安定・安全」を求め、「強いリーダー」を求めていたときでした。
これらの大衆は、「強いリーダー」に巧みに心理操作された結果、同質(均質)で、怯えた集団となります。ここでは、自分で考えて行動する個人のエージェンシーも存在しなければ、自分自身のポテンシャルに気づくこともありません。誰もが真実を聞くことを恐れます

問題は、「絶対的な安全・安定=完全に危険がなく、完全に安定した状態がいつまでも続く」というのは、現実の世界では不可能なことです。「危険」を完全に、永久になくすことは不可能です。プーチン大統領の、国民との暗示的な契約は、「絶対的な安全・安定と経済の繁栄」との引き換えに、彼の独裁に対して従うことです。でも、ウクライナへの侵攻で多くのロシア人兵士が亡くなっていることが大きく明るみに出ると、彼の約束が守られていないことが明らかになり、国民からの支持が下がれば、コントロールを失い、自分の「死」を招くこととなります。

ウクライナの大統領ヴォロディミル・ゼレンスキーさんは、プーチン大統領とはとても対照的です。
若い/元俳優でコメディアンというだけでなく、彼は、恐怖で人々を支配するのではなく、恐怖を勇気にかえ、人々をポジティブな方向へと団結させます。
イギリスの第二次世界大戦中のチャーチル元首相に例えられることも多いのですが、チャーチル元首相は、レトリック(修辞)が巧みなことで知られていました。的確なスピーチで多くの人々を鼓舞し続け、同時に地道な外交努力も続けていました。

このロシアがウクライナに対して仕掛けた戦争は、どう終わるのでしょう?

フィオナさんは、戦争の終わりは、闘っている国同士がこれ以上は闘う意味がない、というところで一致して止めるか、片方が完全に勝利して終わるか、交渉(領地の一部の引き渡し等)で終わるかさまざまだけれど、ロシアの完全勝利(ウクライナを地図から消す)もウクライナの完全勝利も考えにくいとしています。
フィオナさんは、とても難しいとは前置きしながらも、このロシアのウクライナ侵攻に対しての緩和は、国際社会が一致した外交努力をすることだとしています。ここには、中国やアフリカ、南アメリカ、アジアの国々も入ります。
ここで、「核兵器戦争へのエスカレーション」というロシアからのブラックメールに屈することは、とても危険だとしています。
ロシアが、力づくで隣国の領土に攻め入ったり国際法違反の市民の殺戮や水道やガスといった生活に必要なインフラを攻撃したことを許して、ウクライナに領土を引き渡すよう強制することがあれば、世界全体に大きな不安定さをもたらします。プーチン大統領は味をしめて、旧ソビエト連邦の国々を自分の領地にしようとするかもしれないし、ヒマラヤの領地を争っている中国やインドにも、国際法違反で力づくで領地を奪うのは問題ないという前例も示すでしょう。中国の台湾侵攻もより現実にする可能性もあります。こうなると、多くの危機が一気に世界全体に起こり、核兵器攻撃なしでも、世界は混乱に陥るでしょう。

聴衆からの質問もたくさんありましたが、その中でも印象的だったのは、「自分の恐怖から自由になるために、他の人々に恐怖を植え付けるということについてどう思うか?(例/アメリカの銃保持で、普通の銃よりもさらに殺戮度の高い銃を持ち、周りを恐れさせることで、自分が撃たれるという可能性を少なくさせると考える)」フィオナさんは、明確に「恐怖からの自由とは、他の人々を恐怖に陥れることとは違います。。。私たちが恐怖から自由になるという能力は、他の人々を犠牲にして成り立つものであってはなりません。あなたたちがどうやってあなたたちをリスクと危険から守るというを考えるときのバランスは、ある一定のバウンダリーの中で行われなければなりません。このReith Lectureでの他の話者についても、「完全な自由」ということは出てこなかったと思います。」
プーチン大統領は、「世界(ロシア)の危険からの完全な自由完全でいつまでも続く安全」ということを求めた結果、他国(現時点ではウクライナ)の破壊という犠牲をつくりだすことを選択しました。フィオナさんは、自分には完全な答えはないけれど、社会は常にこの話題(リスクと危険から自分たちを守るためには、ある一定のバウンダリーの中で行われる必要があるー他の国々や人々の犠牲と引き換えであってはならない)について話すことを続けなければならない、としています。

聴衆からの最後の質問は、ポジティブな「政府・市民からの権威主義への脅威に対して、民主主義は何をすることができるか?」です。

フィオナさんの答えは、「グラス・ルート(草の根/市民レベル)」での活動が一番大切だとしています。これは、投票することはもちろんですが、大学等の教育機関でもあり、コミュニティーの活動でもあるかもしれません。多くの人々と実際に会って、自由や民主主義について話すことは大事です。

一人一人が、民主主義の火をたやさず、燃やし続けなくてはなりません。

Yoko Marta