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イギリスでのパンデミック後の人手不足

Yoko Marta
21.02.23 06:33 PM Comment(s)

質の低い仕事に人々を送り込むのは解決じゃない。人々の心身の健康は、仕事に就くかどうかより、もっと大事

The UK(イギリス、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの連合4か国)では、パンデミック後に働き手の不足が起きています。
レストランやパブで、人手不足で開店時間を減らしたりする場所もある一方で、イギリス大手のスーパーマーケットのAsdaが人員削減を打ち出しました。その反対にドイツ系格安スーパーマーケットのAldiがさらなるビジネス拡大を打ち出し大きなリクルートをかけていたりと、この状況は少し複雑です。

これは、Brexit(欧州連合離脱)による欧州連合出身のヨーロピアンの働き手の減少の影響もあるものの、The UK自体の問題も大きく影響しています。
現政府は、50歳以上の人々のEconomic inactivity (経済的にアクティブではない人=仕事についておらず、仕事を探していない)が高まったことを理由に、早期リタイアメントを行った人々に、労働市場に戻るよう呼び掛けていますが、イギリスのシンクタンク、 Resolution foundation のLouse Murphy(ルース・マーフィー)さんは、統計を読み込み、違った提案をしています。

ルースさんのレポートは ここ より。
ルースさんによると、パンデミックをはさむ2010年~2022年終わりまでの間に、長期間の病気や心身障害を抱える人々は増え続け、230万人増加した(イギリスの総人口は日本の約半分の6700万人)と見られています。この増加数の中には、現在仕事に就いている人々も多く含まれています。
これには、現保守党が政権を握って以降の約13年間、医療(公共サービスで税金で賄われ、基本的に全て無料)への資金投入をどんどん減らし、医師や看護師の不足が慢性的に続いており、病院の設備への投資等もできない状況で、適切な治療を迅速に受けられないことも影響している可能性があります。
現保守政党の方針は、「小さな政府」でビジネスには規制を弱くして儲けてもらい、結果的にそれで雇われる人々も増え、賃金も増え、経済もよくなるというものですが、実際には、全くそうなっていません。企業の利益率は非常に大きくあがったものの、それは株主に分配され、働いている人々の実質的賃金(インフレーション等を考慮したもの)は上がらず、企業が行うべき設備投資も行われず、新たな仕事の機会が作り出されているわけでもありません。利益を得ているのは、非常に少数のミリオネアやビリオネアで、普通に働いている市民の生活の質は下がり続けています。

また、医療に関しては、医師の不足には教育の商業化も関係しています。
スコットランドを除くThe UKでは、昔は他のヨーロッパ諸国のように授業料はほぼ無料でしたが、授業料を課すようになりました。現行の授業料では、医師のような専門性の高いものだと、教える側の費用が授業料をこえるため、多くのインターナショナル学生(インターナショナル学生には、授業料の上限を設定していない為、The UK出身学生の2倍~3倍課金している大学が多い)を採用しないと採算がとれないそうです。
医師の勉強が終わった後、The UK国内に残る外国人も多少はいるでしょうが、多くは自国へと戻るか、同じ英語圏でも、もっと働く条件の良いオーストラリアや他の国で働くことを選択する人々もいます。慢性的な医師の不足が問題となっているのに、自国民で医師になりたい人々の数を制限し、外国人をなるべく採用しないと大学ビジネスが成り立たないというのは、とても矛盾しているでしょう。
ここには、「Public/公共」であるべき教育を金儲けの道具として扱うことへの批判も長らく続いています。
The UKを除くヨーロッパ諸国は現在でも大学はほぼ無料です。科学の進展、経済をみても、他のヨーロッパ諸国はThe UKよりも良い状態です。

ルースさんは、政府が注目すべきは、以下の3グループだとしています。

  • 学齢期の子供がいる母親たち

  • 50~64歳の人々

  • 長い間の病気を抱えている人々、身体障害を持っている人々

なぜこれらのグループに注目するかというと、The UKのチャイルドケアの費用はヨーロッパ内でも飛びぬけて高く、フルタイム(正社員ーヨーロッパでは通常正規・非正規といった日本独特の括りは存在しない)で働いた給料のほぼ全てが幼稚園・保育園の費用に消えるけれど、キャリアを中断させないためになんとか続けている、ということもよく聞きました。ただ、幼稚園で働いている人々の給料はとても低いことで知られています。
パンデミックで、園が閉鎖したときには、家から働くという選択肢がない人々(往々にして、都市部ではない地域で、対面の仕事で低い給料)は、仕事を離れざるを得ず、そのまま戻れなくなった人々もかなりいると見られています。理由としてはさまざまですが、本人がCovidの長期後遺症にかかったケースもあれば、企業が閉鎖したり、自分の部署やポジションが消えたりして戻る場所がないケース、また老人ケアも崩壊に近い状況のため、自分の親や親戚の老人たちのケアをせざるを得ず仕事ができない状況に陥った人々もいます。
日本よりはずっとましだとはいえ、ここでも、多くの女性が無賃金のケアを担っています。彼女らに、チャイルドケアや老人ケアのサポートの仕組をきちんと作れば、労働市場に戻ることが意味を為す人々もいると見られています。賃金の生じる仕事をしていない期間が長引くと、年金の支給額にも影響し、老年期の貧困でも高い率を占めるのは女性という現実もあります。

また、50歳以上の人々と病気を抱えているグループについても、働ける能力があり働きたい人々もいるものの、現行の仕組みの中では労使双方に難しいケースがあります。
BBC Radio4では、生まれたときから重いリウマチがある女性が登場していました。学歴もあり能力も高いけれど、病状の悪化が予期できないため、仕事を始めても、突然の病状の悪化で数週間、数か月働けない状況になることがあり、結局なかなか仕事を持ち続けることができない、というケースでした。これは、彼女個人、社会、ビジネスにもとても残念なことです。
ルースさんの一つの提案は、仕事をもっとフレキシブルにすること(働く場所や時間の選択、突然の休みにも対応できる体制)、また病気をしても、「仕事に戻れる権利」を保障すること等を挙げていました。

また、日本では出てこない発想だと思うのですが、ルースさんは「(現在労働市場に出ている)仕事の質を上げることも重要」だとしています。仕事につければいいというわけではありません。その仕事は「良い」仕事でなくてはなりません。
仕事につくことが、個人を病気にさせたり、もともとの病気を悪化させるようであれば、仕事をしなくても基本的な生活ができるような社会保障を使うべき
です。
適正な仕事が出てきたときで、かつ本人の心身の健康状態が整っている状態のときに、仕事につけばいい話です。

これについては、2023年1月28日のBBC Radio4の貧しい地域でかかりつけ医をしている女性医師のFiona Ford(フィオナ・フォード)さんの インタビュー から。

The UKは貧富の差がとても大きい場所です。
フィオナさんが働いている地域は、Lancashire(ランカシャー)という貧困率も高い地域です。
この地域でよくある仕事の質は低く、ゼロ時間契約で、低い賃金、働く条件もとても悪いことが多いそうです。貧困率が高いということは、経済的に厳しいだけでなく、ストレスや貧困からさまざまな身体的な病気や精神的な病気を長く患っている場合も珍しくありません。

Job Centre(ジョブセンター/日本でいるハローワークにあたるもの)は、既に問題を抱えている人々の心身の健康をさらに悪くさせるような仕事に無理やりつかせるようなことはしません
ジョブセンターの担当者たちは、かかりつけ医をしているフィオナさんに、これらの住民たちに対して、正式な疾病の認定をするよう依頼します。フィオナさんは、これらの患者が正式な病気にあたるわけではないけれど、地域の状況をよく理解しており、患者たちは疾病認定を得ることで、社会保障を受け、その間に自分たちの心身の健康と生活の安定を取り戻す必要があることをよく知っています。
なぜなら、フィオナさんが言っているように、彼ら・彼女らを無理やり質の悪い仕事に就かせると、今より10倍以上悪い心身状態になることは明確で、本人たちにとっても良くないし、その治療には社会保障の金額よりずっと多額の税金が必要でしょう。

フィオナさんも、質の高い仕事を増やすことと、地域によって必要な仕事やスキルは違うため、それに適合する教育やトレーニング(正式・非公式)を幅広い年代の人々に、無料で提供することは大事だとしていました。
個人によって異なるニーズに沿ったサポート(チャイルドケアや老人ケアのサポート、トレーニングを受けている間の経済的支援、久々に勉強やトレーニングに戻る場合は心理的なサポートや勉強の仕方・スケジューリングのサポート等)、フレキシブルな働き方の提供が必要だとしていました。
資金は、地域の企業が資金を出し合うこともできるし、政府からの資金も必要でしょう。これらは、人々の生活を向上させ、経済も良くなり、とても良い投資です。

The UKはさまざまな分野で、公共サービスの私営化・商業化、人間を消費者としてのみ扱うようなことは増えましたが、医療については、「人々の病気は、(お金を儲ける)ビジネス機会ではない」という声は強いです。ただ、現政府は、どうにか現在の公共医療を私営化することに強く動いており、医療への資金投入を大きく減らし続けていることも彼らの戦略です。

どんな病気になっても、治療は基本は無料だということは、さまざまなことに挑戦する機会、失敗してもまた立ち上がればいいという余裕を与えてくれます。
基本的人権にかかわるセーフティネットは重要で、一度失うと、また手に入れることはとても難しいものです。

Yoko Marta