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Victim Navigator

Yoko Marta
14.04.23 06:01 PM Comment(s)

Victim Navigator(ヴィクティム・ナヴィゲーター/被害者の航海士・ナヴィゲータ)という仕事ーイギリス

イギリス独立系新聞、Guardian Newspaper(ガーディアン紙)のPodcastは、しっかりとしたジャーナリズムに基づいた質の高い報道や特集があります。Paywall(有料の壁)がなく、 ここ より無料で聴けます。


最近、心に残ったのは、仕事があると騙されてパスポートも取り上げられイギリスに連れてこられたウクライナ人女性のジュリア(仮名)が、大きな犯罪組織に勇気をもって立ち向かい、小さな勝利を勝ち取った話です。

ここでは一番大きいのは、この被害者のジュリアの勇気と、彼女が大きな犯罪組織に対して証言したことで、同じく証言することを合意した他の2人の勇気ある被害者です。
この3人の証言がなければ、多くの証拠はそろっていたにも関わらず、法律的に、この犯罪組織を有罪にすることは非常に難しかったそうです。
それと共に、ジュリアが助け出された最初の瞬間から、彼女に寄り添い、心理的なサポートや、法律的なサポートへとつなぐ、 Victim Navigator (ヴィクティム・ナヴィゲーター/被害者の航海士・ナヴィゲータ)という職業の女性がいます。

Podcastの題名は、Trafficked(トラフィックト)です。
4部に分かれており、この記事の最後にリンクを記載しています。

Modern slavery(モダン・スレーヴァリー/現代の奴隷制)と聞いても、どこか遠い国の話に聞こえるかもしれません。でも、これは、先進国のいたるところでも起こっています。貧しい国々から連れてこられたり誘拐されたケースが多いとはいうものの、先進国の自国の人々が被害者の場合もあります。圧倒的に多いのは、女性と子供です。性的搾取もあれば、強制労働もあります。

パーフェクトな国は存在しませんが、The UK(イギリスを含む4か国の連合国)やイタリアと言った先進国は、現代の奴隷制について対応はしているというClass 1ですが、日本の場合は、 Class 2 で、対応できていない、と見なされています。このClass 2に該当しているのは、ヨーロッパ内では、誘拐された児童や若い女性がイギリスで無理やり性搾取されている、ということでよく耳にするアルバニアです。アルバニアはヨーロッパ内でも貧しい国で政治腐敗もひどいことで知られており、犯罪組織が大きく動いていても取り締まりが難しい部分は否定できないのですが、日本のように経済的に豊かで普通に民主主義が行われていると見なされている国がClass 2に認定されているということには、驚くと同時に悲しくなります。

中国では。一人っ子政策のせいで男性の数が女性よりも圧倒的に多く、男性は一族を絶やしてはならないという強い慣習が特に田舎では強く、近隣国から女性を誘拐して売買することが起こっているものの、対策には困っているそうです。地域の役人が、誘拐された若い女性を妻にしている人のところに調査に行こうとすると、警察の車をひっくり返されたり(家族は既に彼らにとっての大金を仲介人に払っているので、手放す気はない)、社会的な騒動を起こすので、社会の安定のために、誘拐された女性たちには黙っていてもらおう、ということになり、誰もが見てみないふりになりがちなそうです。EconomistのPodcast、Drum Towerに、この話題があります。
誰かの犠牲や苦しみの上に立っての安定や幸福は、間違っているとしか思えません。自分の一族を絶やしてはならない、というのは作り話にしかすぎません。人間を売り買いするような間違ったことをして、誰かを苦しめて一族を続けるよりも、一族を絶やしたほうがよっぽどいいはずです。

ジュリアの場合は、ウクライナの小さな貧しい村で育ち、シンプルな生活で、最初に出会った人と結婚して子供も産んだけれど、夫はすぐに働かなくなり酒を飲み続ける生活となります。彼女はずっと働き続けていましたが、貧しい場所では給料もとても低く、隣国のポーランドへ出稼ぎに出かけ、畑で働く仕事を何年か続けていました。娘は母に預けていたのですが、その母が急病になり、その治療費を出すことも難しく困っていたところ、村の近所の女性に、掃除婦/ウェイトレスとして、賃金の良いところで働く話を持ち掛けられます。近所の女性の知り合いがその仕事の斡旋をしているということと、ジュリア自身、数年隣国で出稼ぎの仕事をしていたので、同じようなものだろうと特に疑問を感じていなかったそうです。でも、何度か車を乗り換え、トラックに詰め込まれ、隠れるように言われたときには何かがおかしいかもしれない、と恐れたものの、その時点では逃げようがなかったそうです。このトラックはフェリーに乗り込み、ヨーロッパ大陸からイギリスへと渡ることになります。彼女は、ポーランド語はある程度話せたものの、英語は全く分からなかったそうです。

最初は、十数時間ホテルの部屋の掃除を週休1日で行い、そこで得た給料はほぼ無く、大勢と床で雑魚寝をしていたにも関わらず、法外な賃貸料を要求され、その上に、法外な渡航料や事務費用等を要求され、働いても働いても借金が増え続けます。パスポートは取り上げられているし、彼女の身元も分かっているので、ここで自国に帰っても、犯罪組織が追いかけてきて彼女の娘に危害を加える可能性もあります。ジュリアは、どうにか普通の場所で仕事を得ようとしますが、就職に必要なドキュメントがないことで、断り続けられます。ドキュメントが必要ない、という場所のみでしか働けず、そこはジュリアのようなトラフィックされた女性たちを搾取し、売春を強要する場所でした。最初は、なんとか家族に仕送りできていたものの、徐々に、彼女のエスコートとしての写真を出すのに数千ポンド、賃貸料、事務費と法外な料金をどんどん請求され、働いても働いても借金は増えていくのみでした。女性たちは住む場所も24時間監視されていた上、始終、犯罪組織のメンバーの車で移動させられ、一人で外出するなんて不可能でした。売春宿といったものもないわけではないものの、Air bnb等の普通のフラットも、特定されないにくいということで、よく使われているそうです。中には、18歳でほぼお金がない状態で、マッサージ師ということを信じて職場面談にやってきて、10分もしないうちに、無理やり客を取らされた女性もいたそうです。

イギリスでは、トラフィックされてきた女性(男性)と知りながら、性行為を行うのは違法です。
ジュリアも含めた多くの女性は、ぎりぎりの精神状態で、泣き続けていることも多く、普通に「ひと」としての感覚や倫理を持っていれば、「なぜ泣いているのか/大丈夫か?」と気にかけるでしょうが、そういった質問をした男性は一人もいなかったそうです。
また、「殴ったり蹴ったりする暴力」をオプショナルで数十ポンド(約6千円程度)で課金していて、ジュリアがそれを断ると、客である男性にジュリアがその金額を返金しなければならず、結局借金が増え続けるだけの仕組となっていたそうです。ジュリアは、死ぬかもしれない、といったレベルの暴力を特定の客から受けたこともあるそうです。

彼らにとっては、彼女たちは「ひと」ではなく、ただの「モノ」という消費物でしかないのでしょう。
これは、ジュリアや他の女性を搾取して大金を得ていた犯罪組織の人々と同じです。
ジュリアを助け出した警察官も、Victim Navigatorも、犯罪組織が女性や性的搾取を使うのは、需要が大きく利益も大きいからだそうです。もし、誰も性的搾取を行わなくなれば、この犯罪ビジネスモデルはすぐに崩壊します。犯罪組織に重要なのは「利益」であって、それが人の売買だろうと、麻薬の売買だろうと、どうでもいいことです。トラフィックされた女性を使ったサービスにお金を払っている人々も、このビジネスモデルを続けることを支えており、共犯者です。

多くの女性は、犯罪組織に身元も知られていることで、逃げると自国の家族も危うくなると恐れ、逃げ出すことはまず不可能となり、中には、絶望感を紛らわすために麻薬を使う人々も出てきます。犯罪組織は、この麻薬にも多額の課金をし、女性はますます大きな借金を背負い、逃げられない状態に置かれます。
ジュリアは、いつか娘に会える日だけを支えに、絶望に陥る日々もあったものの、なんとか生き続けます。

警察も何もしないわけではありません。
ただ、難しいのは、大きな犯罪組織が絡んでいることが多く、数か国に渡ってオペレーションが行われていて、国によっては協力を得るのが難しかったり、被害者が犯罪組織を恐れて、証言することを拒むことが多いことだそうです。また、被害者が外国から連れてこられた場合、言葉の壁もあります。

ジュリアの場合は、警察がジュリアが閉じ込められていた場所に強制捜索にきたときに、Victim Navigatorの女性も同行していました。当然ですが、被害者女性は、加害者をとても恐れていると同時に、警察への不信感も非常に強いため、警察と話していても沈黙のことは多いそうです。このVictim Navigatorの仕事は、被害者をサポートすることであり、被害者が犯罪組織に対して証言をするかどうかには重点はありません。あくまでも、被害者女性がどうしたいかで、まず彼女たちの安全性を確保し、心理カウンセラーへつないだり、複雑な法律の世界を航海する手助けをします。ジュリアは、トラフィッキング(人身売買)の被害者だとして、数十日イギリスへ滞在できる権利を得ました。その間に、Victim Navigatorはコミュニケーションをまめにとり、ジュリアは、徐々に彼女を信用しはじめ、心理カウンセリングを受けはじめ、英語の授業にも出るようになります。その後、生死の危険は十二分に知りながらも、正義は行われなければならない、と強く感じ、犯罪組織に対して証言することを決定しました。

ジュリアを人身売買していた組織はとても大きく、この組織のイギリスのエリア・マネージャーだった人は、Modern Slaveryの罪で3年の懲役となったそうですが、もう少し小さな役割をしていた人々は、もっと軽い罪で済んだそうです。まだ調査は続いているようですが、これだけでも、人身売買の被害に遭う人々を少なくすることに貢献しています。

ただ、こうやって最低限の正義は行われたものの、ジュリアのイギリスでの難民申請は難航しました。裁判で犯罪組織に対して証言したことから、ジュリアは犯罪組織に狙われるのは確実で、彼らはジュリアの身元も知っているので、自国へは戻れません。娘は自分の親の家から、元夫の親の家に移動させました。
難民申請許可を数年イギリス国内で待っている間に、ロシアのウクライナ全面侵略が始まり、ジュリアの娘が住んでいる村から60Kmぐらいのところにも絶え間ない爆撃が始まり、娘もパニックを起こします。ジュリアは、Victim Navigatorとずっと連絡を取り合っていたのですが、「難民申請を諦めてでも、娘に会いに行く。ウクライナに行く」と宣言したそうです。難民申請中に、自国に戻ると難民申請を取り消され、その後もイギリスで難民申請できるチャンスはゼロとなります。なぜなら、彼女の難民申請の理由は、ウクライナに帰ると命の危険があり(これは事実)、イギリスに残る必要があるからです。Victim Navigatorは、他にもさまざまな方法を探るので、少しだけ時間がほしい、ということでジュリアを説得し、その間に、ジュリアの娘をとりあえずウクライナ国外に出す方法を探ります。そうしている間に、奇跡的に、ジュリアの難民申請が許可されたという連絡が入ります。実際には、人身売買の被害者で難民申請の許可が下りるのは10パーセント以下だそうです。ジュリアの場合は、Victim Navigator、住んでいた場所の地域の政治家、警察が非常に協力的で、ジュリアが自国に戻ると殺される可能性が高いことをさまざまな面から証明しましたが、それでも許可が下りるまで数年かかりました。

ほっとしたのもつかの間、元夫とその家族は、娘をポーランド国境まで同伴して見送ることを拒否します。当然、混乱した戦時の状況下に子供を一人で移動させることは、生死だけでなく誘拐される可能性も高く、トラフィッキングを経験したジュリアには合意できません。そこで、Victim Navigatorが仲介に入り、さまざまなコネクションを使い、無事に娘をイギリスへと移動させることに成功しました。

ジュリアは、現在は、イギリスの田舎町で、アイデンティティーを変えて、普通に働いて、娘と普通に暮らせていることに満足しているそうです。犯罪組織への恐怖は消えたわけではなく、その特定の犯罪組織が大きくオペレーションをしていた国の人々には特に注意して、自分のバックグラウンドが知られないように気を付けているそうです。

カウンセリングにかかる前は、自分を恥のように感じた(性的搾取をされたから)、と言っていましたが、カウンセリングを続けていくうちに、「悪かったのは犯罪者側で、恥じるのは彼らであり、自分には恥じることなんて何もない」と気づいたそうです。本当にその通りです。
暴力や強盗に関しては、被害者を責める人は少ないものの、性的なこととなると、なぜか被害者に恥があるかのような見方が突然増えますが、これはおかしなことです。
どれも、力関係であり、強い立場や力を持つ側が、弱い立場にある人々を利用・搾取・抑圧しています。
被害者を悪者にすることで利益を得ているのは、本当に悪いことをして恥ずべきな加害者であるということはよく理解しておく必要があります。
この構図(性的被害者が悪い)が正常化された社会は、誰にとっても危険ですが、特に弱い立場におかれる女性や子供、移民や性的マイノリティ、心身障害のある人々にとってはさらに危険が高まります。
特に上下関係が日本のように極端に強く、かつ男尊女卑が強く残っている国では、そういった見方が「普通」となり、ゆっくりと水温が上がっていく水中に置かれたカエルのように誰もが異常な状態に気づかなくなるかもしれません。
でも、一歩下がって、誰にとっても安全な場所が当たり前なのが普通であるべきで、そうするためには、自分には何ができるのかを考えることは大切です。
それが実現できるまでは、Victim Navigatorといった仕事はとても大切でしょう。

トラフィッキングの国際的な定義としてPodcastで挙がっていたもの:

  • 搾取

  • 騙したり、強制したり(必ずしも身体的な暴力ではない)、心理操作をして、誰かの労働から利益を得ること ※労働は、性行為や強制労働等

  • 搾取する目的で、誰かを移動させること(国を越えての移動もあれば、同じ地域での家から家への移動も含む:例/一つのフラットで性的搾取を行い、同じ地域の別のフラットへと車等で移動させて、また性的搾取を行う)

    Podcast: 

Yoko Marta