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イギリスのネット・ゼロに関する間違いだらけのシンクタンクのレポートが真実であるかのように主要新聞に掲載されることの背景と事実を知ることの大切さ

Yoko Marta
06.10.23 05:02 PM Comment(s)

イギリスのネット・ゼロに関する間違いだらけのシンクタンクのレポートが真実であるかのように主要新聞に掲載されることの背景と事実を知ることの大切さ

表題にあるように、ネット・ゼロ経済政策から逸れることについての正当性を主張するシンクタンクのレポートが発表されましたが、小学生レベルの間違いであふれているにも関わらず、イギリス主要新聞で、あたかも真実かのような扱いを受け、多くの新聞でヘッドラインをかざりました。
環境・エネルギー問題に関しての専門家で、 Carbon Brief/の副編集長であるSimon Evans(サイモン・エヴァンス)さんが分析しています。

イギリスの独立系新聞、ガーディアン紙の ここ からも読めます。

現与党である保守党の年に一回のConference(議会)の直前に、Civitaという55 Tufton Street(ロンドン)にオフィスをもつシンクタンクが、煽情的なレポートを出版し、多くの主要新聞に取り上げられました。

内容は「2050年までに、ネット・ゼロに到達するための現実的な費用は、4.5 trillion pounds (約813兆円)。英政府は、国民に対して正直になる必要がある。」というものでした。

ところが、このレポートの数値の扱いは、小学生レベルの間違いをたくさん起こしており、前述のサイモンさんも、ほかの科学者や専門家たちもすぐに多くの間違いや、当てずっぽうでしかない数値、きちんと調査されたレポートの都合のよい部分だけ切り取り、都合の悪い部分は無視する等、全く信頼性のないレポートであることは明らかです。

イギリスには、中立的な立場で、実力のある科学者たちから構成されている、 The Climate Change Committee(The CCC/英国気候変動委員会) / という委員会があり、ここからは、Civitaのレポートとは全く違う結果を導き出しています。

「Net investment(純投資)は、約1.4 trillion poundsで、ネットゼロへと進むことで化石燃料に支払う金額が低くなり、約1.1 trillionを減らすことができ、結果的に、Net cost(正味費用)は、約 0.3 trillion pounds(約54兆円)程度

Civitaのレポートでの2050年までにネット・ゼロに到達するまでのNet cost(正味費用)は、大学教授等から構成される信用のおける英国気候変動委員会の出した数値の15倍となっています。

ここでは、政治との関係も重要になってきます。

このレポートを書いたのは、Ewen Stewartさんで、地球温暖化へ懐疑的な意見をもっていることで知られています。現与党の保守党は、Brexit(ブレキシット/欧州連合離脱)の議論が出始めたころから、極右派の力がとても強くなり、穏健で中立的な保守党の議員は保守党から追い出されました。アメリカの保守党ほどひどい状態にはまだなっていませんが、流れとしては近いと思っていいと思います。
現在の、Rishi Sunak(リシ・スナック)首相は、国民の選挙や保守党サポーターたちからの投票によって選ばれた首相ではなく、保守党内でも味方は少なく、立場が弱いとされています。そのため、力の強い極右派にキャプチャーされ、言いなりになっているとの見方もあります。
ただ、極右派であるかどうかは明確ではありませんが、スナック首相はかなり右寄りであるのは確かです。

この保守党内の極右派は、「絶対市場主義者」であり、「地球温暖化への強い疑いと化石燃料企業との癒着/アメリカや世界の極右派シンクタンクとの強い関係/欧州離脱への強い関与(偽情報も含む)」等で知られています。ここで、わざわざCivitaのオフィスの住所が「Tufton Street(ロンドン)」と記載しているのは、ここに極右派のシンクタンクがかたまって所在しているからです。

上記の所在地にある極右派のシンクタンクの多くがそうであるように、Civitaに対して誰が資金を提供しているのかは、非常に不透明です。法律違反ではないものの、誰が/どの機関や企業が資金を提供しているのかを明かさないのは、公平とはいえません。なぜなら、シンクタンクや大学、非営利団体は、通常資金を出している企業や機関に利益を与えるため(見返りに献金がある)にレポートを作成・発表したりするからです。
誰が背後にいるのかを明確にしたうえでのレポートであれば、それを考慮にいれて判断することが可能なので、ある程度透明性があり、公平とすることができます。

このレポートの発表が、保守党の年に一回のConference(議会)が行われる直前であったことも、政治的な意図を疑われてもしかたありません。

スナック首相は、ネット・ゼロ経済目標から大きくそれた政策を進めようとしており、さまざまな機関からの批判、また裁判にもちこまれる可能性も指摘されています。

主要な新聞の一つには、Civitaのレポートを元にして、「ネットゼロに到達するためには、一年につき、一家庭が6000ポンド(約110万円)の上乗せの出費をすることになる」という煽情的な見出しが掲載されました。

現政府にとっては、「ネット・ゼロ到達のコストは高すぎるので、普通の市民たちのことを考えて、政府はネット・ゼロ政策を変えようとしている」というメッセージが一般のひとびとに浸透しやすくなる、とても都合のよいものであります。

でも、実際には、このCivitaのレポートはエラーが多すぎて、事実からかけ離れた架空の話となっています。

かなりたくさんのエラーがあるのですが、この記事初頭のNet cost(正味費用)の大きな違いに加えて、代表的なものをいくつか。

  • W(ワット/消費電力)とWh(ワットアワー/電力量)を勘違い    
    陸上風力について、Civitaのレポートは「1.3 million per MWh(約2億3600万円/MWh)」としましたが、実際の数値は、50-70 pounds per MWh(約9100円か~1万2700円/MWh)」で、実際の数値は、Civitaのレポートより、1万倍低い数値となっています。

  • 信頼のおける機関、Faraday institutionの2019レポートから、一部の数字だけを切り取り、自論に都合の悪い数値は記載しない。読者をミスリードする
    このレポートには、「ネット・ゼロへの到達にむけて、自動車業界で114,000の仕事が失われる可能性があり、同時に、電気自動車化で、新たに246,000の仕事が作り出される」とありますが、Civitaのレポートでは、新たな雇用創出については全く触れず、失われる職についてのみを記載しています。

  • ネット・ゼロを遅らせるリスクに関するコストを完全に無視している
    環境への影響だけでなく、ビジネス・経済にも大きな影響がでる。カーボン・タックスもさまざまな場所でもっと大きく課金されるようになるのは明らかであり、クリーン・エネルギーが保障できない国で、新たにビジネスを始めたり、投資を続ける企業はないと思っていい。 

  • The UKは、化石燃料を無料で使い続けられるという馬鹿げた前提に基づいて計算している
    Civitaのレポートでは、古いガス・ボイラーを新たなガス・ボイラーに替えることや、化石燃料を使うインフラストラクチャーが古くなって建て替えが必要な際もすべて、建て替えは全て無料であることが前提。

これだけの間違いあり、かつ、サイモンさんも含めた多くの科学者や専門家が声をあげているのにも関わらず、きちんとした訂正記事や情報はあがっていません。

シンクタンクのCivitaでは、「MwhとMwでの勘違いがあった」とあるのみで、ほかの間違いには触れていません。

イギリスの主要な新聞のうち、The Timesには、小さく「レポートには、間違いがいくつかあったものの、ネット・ゼロにむけて大きくコストがかかるのは事実で、この大切な議論を呼びおこすことに貢献した」と掲載があったようです。The Timesには、環境温暖化に関する専門家がいて、さすがに見出し記事にすることは避けましたが、とても目立つコメント欄に、このCivitaのレポートを称賛するコメントを記載しました。このコメントを書いた人は、Civitaとつながりのあるシンクタンクに深いかかわりがあるひとですが、その事実は、コメント欄には記載されていません。

イギリスの主要新聞は、The Timesを含めて多くが、大富豪のルパート・マードック氏(最近息子に主導権を譲りましたが)の傘下にあります。そのため、アメリカの状況にも近く、大企業(特に化石燃料企業)と保守党とのつながりが強く、とても右寄りの意見(化石燃料を続けることを推奨/地球温暖化は人間が引き起こしたものとすることへの懐疑等)を拡散し続けています。
また、Civitaを含むシンクタンク、大学組織、非営利団体も化石燃料企業から大きな資金を得ているケースが多く、上記のような見解(地球温暖化は人間が引き起こしたものとすることへの懐疑)を、大学や、さまざまな講演会や出版物にして、拡散しています。

実は、サイモンさんは、このレポートが出版される前に読む機会があり、個人的にEwenさんにエラーについてメールを送ったそうですが、なんの返事もなく、そのまま出版されたそうです。

ここからも、大事なのは「事実」ではなく、政治的なメッセージであることが読み取れるともいえるでしょう。

どの国でも、多くは極右派とまでいかなくても右派の大富豪(化石企業とのつながりが深い)が、多くのシンクタンクや大学、非営利団体、政治家に大きな献金を通して、自分たちの既存特益を守るための活動を行っていることには、よく注意しておくことが必要です。
彼らは、とても巧妙に「化石燃料を使い続ける以外の未来は、惨めなもので、ひとびとの自由が奪われ、誰もが貧乏になる。温暖化が化石燃料を燃やすことによって引き起こされていると騒いでいるひとたちはヒステリックなだけ」という虚偽のメッセージを浸透させています。

お金の動きを追うこと、レポートやニュースがなぜ発行されたのか、世に出されたのかという意図を常に意識しておくことは重要です。

また、民主主義は、脆弱なものであり、常に権力や金力のあるひとが自分たちの利益を守るために壊そうとしていることもよく理解し、民主主義を守る砦のメディアや学術世界が、大富豪たちによって浸食されていることについても、よく観察し、声をあげていく必要があります。
それと同時に、「何も信じられない」とシニカルになり、政治や民主主義に全く関わらなくなることも危険です。
英国気候変動委員会のように、大企業からのプレッシャーに負けず、信頼のおける活動を続けている機関もきちんと存在しています。
完全に正しいものは難しいにしても、より正しい情報は存在します。
それを見分けるには、知識をつけることも大切です。それは、市民一人一人の責任でもあります。

Robert Reich(ロバート・ライヒ)さんの、民主主義・メディアに関する興味深い記事は、 ここ より読めます

Yoko Marta