The Green Catalyst
The Green Catalyst
Creating futures we can believe in

芸術家であることの理由は、証言をすることー世界の残酷さや不正に無感覚にならない。直視しつづける

Yoko Marta
13.10.23 05:08 PM Comment(s)

芸術家であることの理由は、証言をすること

2023年10月から、ロンドンのTate Modern Gallery(テート現代美術館)にて、 Philip Guston(フィリップ・ガストン)の展覧会 が始まりました。

テート現代美術館を含めてロンドンの美術館の多くは、こういった特別展を除けば無料です。
ただ、特別展は年々高くなっていることもあり、アートが好きでロンドンに住んでいるのであれば、 メンバーシップ をもつことがお勧めです。
テート現代美術館だけでなく、Tate Britain(テート・ブリトン)美術館の特別展も無料で、どちらも素敵なメンバーのみのカフェがあります。
また、メンバーシップの種類にもよりますが、一番シンプルなメンバーシップでも、特別展の朝の1時間(9時~10時)をメンバーのみに限定して開催している日が何日かあり、静かに好きな絵や彫刻を見られてとても満足です。

また、特定の美術館や博物館のメンバーシップではなく、多くの美術館・博物館・歴史的建造物といったさまざまな場所で割引のきく、 National Art Pass/ もおすすめです。

フィリップさんは、アメリカ在住で、50年ほどにわたるとても長い芸術生活を送った画家ですが、家族の出身地は現在のウクライナです。
ユダヤ系だったため、迫害を受け、家族と親戚がカナダへ移住せざるをえませんでした。その後、両親はアメリカに移民し、1913年に、フィリップさんは生まれました。
ユダヤ人であることは、アメリカでも差別の原因となったため、フィリップさんは、家族の苗字「Goldstein」から、「Guston」へと変えました。

日本だけに住んでいると分かりづらいと思いますが、ヨーロッパではユダヤ人差別はとても長い歴史があり、たとえ伝統的な衣装を着ていなくても、苗字でユダヤ人起源だと分かることも多いです。
アメリカでも、ユダヤ人差別は長く続き、黒人ほどではなくても、大学への入学をユダヤ人ということで許可されなかったり、特定の職業へつくことができなかったりしました。
最終的には、アメリカの最高裁の裁判官となった、Ruth Bader Ginsburg(ルース・ベーダ―・ギンズバーグ)さんも、ユダヤ人かつ女性、ということで、大学卒業後は、弁護士事務所の職は固く閉ざされ、なんとか入り込めた職は、大学講師でした。
イギリスを含むヨーロッパでは、今でも「ユダヤ人は、炭鉱のカナリア(炭鉱の空気を調べるためにカナリアを実験として連れていき、人間が生きて働くことができる環境かどうかを確認していた。空気が薄ければ、カナリアは人間より早く死ぬため。)」と呼ばれていて、社会が不穏になると、社会の不安定さを引き起こしている原因とは全く関係のないユダヤ系の人々の店やユダヤ教の祈りの場であるシナゴーグが攻撃されるのは、残念ながら、珍しいことではありません。

フィリップさんは、1913年生まれで、1980年に66歳で心臓発作で亡くなるまで、ほぼ休みなく芸術活動を続けました。

フィリップさんの子供時代は容易ではなく、父は差別やさまざまなことが重なり自殺し、そのすぐ後に、兄を事故で亡くします。

フィリップさんの子供時代には、白人至上主義・極右派テロリストとして知られるKKK(Ku Klux Klan/クー・クラックス・クラン)が普通にまちの人々に講演会を開いたりもしていて、一般のひとびとが、クー・クラックス・クランの思想を受け入れている時期でした。
白人至上主義と一般にいわれていますが、ユダヤ人や白人系移民も「Others=別の人々:自分たちとは少しでも違うと人間の枠にはいれない」として、迫害の標的となっていました。彼らの「自分たち」という囲いはとても偏狭なものです。
また、自分たち(往々にして、その時代のその特定の場所のマジョリティーで既存特益や特権をもっている人々)と違ういうことを名目に、誰かを傷つけたり殺したりしていいわけはないのですが、現在でも、こういった思想を潜在的・顕在的にもっているひとたちは絶えません。

フィリップさんは、KKKが行う黒人へのリンチやひどい行動をみて育ち、目を背けてはいけない、と強く感じます。

それと同時に、自分も、彼らと共謀的ではないだろうか、という一歩下がって冷静に観察することも怠りません。
なぜなら、他のひとびとを抑圧している社会や政治のシステムから自分も恩恵を受けることで、この抑圧に加担し、共謀者となっているかもしれないからです。

フィリップさんは、伝統的な画家としての道をたどったわけではありません。
フィリップさんの絵画への興味は、漫画から始まったそうです。

父の自殺や兄の死など、つらいことがたくさんあり、小さいうちは漫画を読んだり自分で描いたりすることに没頭します。
学校では、後に画家として知られるようになるジャクソン・ポロックともたまたまクラスメートで仲良くしていました。
イタリア絵画にも魅入られ、10代で、イタリアの伝統的な絵をインスピレーションにしつつ、オリジナルな絵を描きます。
その後は、壁画のプロフェッショナルとして、さまざまな場所で、戦争で苦しむ人々の絵を描いたりします。
フィリップさんは、いつも抑圧される側の味方です。
それは、自分自身や家族も、多くの差別や抑圧をくぐりぬけてきたこととも関係しているでしょう。

フィリップさんの作風は、壁画から、具体的な形のある絵画、抽象画、コミック的な要素も加えた具体的な形を含む絵画等、さまざまに変わります。
それについて、大きな意味を見つけようとするアート専門家もいますが、フィリップさんは、手法自体は重要ではないとしています。
フィリップさんにとって、絵を描くということは、意図的にどういう手法で描くかということではなく、時間をかけて内面から出てくるものだからです。
フィリップさんは、とても個人的に精神的な難しさのあった数年を除いては、毎日スタジオに通い、描き続けました。
最初の絵を完全に描き替えたことも多く、自分ですら、最終の絵に何がでてくるかは分からない、とも言っていました。

今回の展覧会は数年前に開催される予定だったのですが、フィリップさんの作品には、KKKを揶揄する作品がたくさんあり、ジョージ・フロイドさんの殺人からのBlack Lives Matterもあり、美術展への論議を避けるために遅れて開催となりました。
これについては、反対の声もあがっていましたが、アメリカでもイギリスでも美術展は予定より数年遅れて開催となりました。

フィリップさんの作品には、KKKがコミック的に揶揄されて描かれているものもあれば、縄をもっているKKKメンバーの姿とリンチされて死んでいる黒人の姿が背景に明確に描かれているものもあります。
KKKは必ずしもKKKである必要はなく、偏狭な思想で「Us(私たち)」と「Others(他のひとびと)」にわけ、後者を非人間化して暴力をふるい抑圧している人々を現しています。

フィリップさんは、この世の中の不正や暴力をみて、何もせず、自分の安全なスタジオでこの赤がどうか、青がどうか、ということだけをやっていられず、不正や暴力を絵に描いて世界に出していくことで、証言をおこないました

自分の周りで起こっている暴力や不正といったことに被害を受けているひとびとの側にたち、痛みから目を背けず、直視しています。
現実に起こっていることから、(自分には直接関係ないとして)自分の感覚を麻痺させないことは大事だとしています。

フィリップさんのコミック的な作風を批判する人々もいたものの、フィリップさんのブラックユーモアのある作品は、感覚を麻痺させている人々も、恐れることなく見ることができ、かつ、世の中で起こっていることに目を開かせ、麻痺させていた感覚を取り戻し、ヒューマニティーを呼び起こしてくれるのでは、と思います。

2024年2月まで開催されているので、ロンドンを訪れることがあればお勧めします。
テムズ川をはしっているボートがテート現代美術館前でも停まるので、テムズ川の眺めをボートから見た後に訪れるのも楽しいです。

Yoko Marta