The Green Catalyst
The Green Catalyst
Creating futures we can believe in

ガザで起きているパレスチナ市民大量殺害に沈黙を続けるドイツ政府の間違い

Yoko Marta
23.11.23 11:56 AM Comment(s)

ガザで起きているパレスチナ市民大量殺害に沈黙を続けるドイツ政府の間違い

民族浄化が起きたボスニアに育ち、その後のことも知っている自分に、ガザで起きているパレスチナ人の死と民族浄化について沈黙せずはっきりと語り、ドイツ政府の一方的さ、偽善を指摘するのは、わたしのひととしての責任 - 
Lana Bastašić(ラナ・バスタシッチ)さん

Lana Bastašić(ラナ・バスタシッチ)さんは、「Catch the Rabbit(うさぎを捕まえて/追いかけて)」という小説を書きました。十数か国語に既に翻訳されており、賞も取っているのですが、日本語はマイナー言語なので、翻訳されるまでには少し時間がかかるか、或いは翻訳される日はこないのかもしれません。

多くの本や記事、学術文書、インタビューは英語に翻訳されたり、最初から英語で書かれたもの・行われているものは多いので、日本語だけの世界に住んでいるのは、失うものがとても大きいと思います。
日本では英語は、細かい文法の重箱の隅をつつくばかりの残念な英語教育をしていますが、中学校の英語文法を知っていれば、あとは辞書をひきながら、十分読めるものも多いと思います。
日本の平均的な教育レベルはとても高いので、個人が自分で興味をもってさまざまな英語の本や記事を読み始めれば、理解できるになるまで、そう時間はかからないと思います。

ラナさんは、現在はドイツの文学界に招かれてArtist in residence(アーティスト・イン・レジデンス/芸術家をある土地に招いてそこで一定期間芸術制作を行ってもらう。ヨーロッパで)として過ごしているようです。

彼女は、ドイツでのハマス・イスラエル紛争に対する政治や人々の反応について興味深い考察を、イギリスの独立新聞 ガーディアン紙 に寄せていました。

ラナさんの鋭い観察力は、彼女のバックグラウンドからもきています。

ラナさんは、民族やアイデンティティによって迫害される側、迫害する側、両方を体験しています。

彼女は、民族としてはセルビア人の両親のもとに、旧ユーゴスラビア(現クロアチア)に生まれました。祖父母も同じ地域で生まれ育ちましたが、第二次世界大戦中には、この地域はナチと協力し、「純粋なクロアチア人のみの国にする」というスローガンのもと、ユダヤ人を含むクロアチア人でないと見なした人々を強制収容所に捕まえて送り込み、多くの人々が殺害されました。ドイツの場合と同じく、この強制収容所で地域の人々を殺害するプロセスを行っていた人々は、地元の医師や会計士等、ごく普通の人々です。

ラナさんの祖父は、セルビア人(純粋なクロアチア人ではない)ということで強制収容所でひどい扱いを受けたそうですが、なんとか生き延びた少数の人々のうちの一人だそうです。戦後も不安定な国際情勢が続き、まだラナさんが少女だった1990年代に再び民族間の緊張が高まり、セルビア人に対する反発から、先祖代々そこに住んでいた祖母ですら、近所の人々から殺害宣言を受け、家族は、隣国のボスニア・ヘルツェゴビナへと移民します。

そこでは、ラナさんの家族が引っ越してきた後に、セルビア民族(キリスト教徒)による、イスラム教徒であるボシュニャク人の迫害・虐殺が行われました。
ここで、ラナさんは、迫害される側から、迫害する側へとスイッチすることを体験しました。

ラナさんは、引っ越した当初は、当然ですがクロアチアなまりのことばを話していました。そのため、周りの人たちから「クロアチア人」と呼ばれていたそうです。クロアチアでは、クロアチア人でないことが原因で、命の危険があり去らざるをえなかったのに、とても皮肉な話です。

ラナさんは、このセルビア人によるボシュニャク人への迫害のプロセスがゆっくりと進むのを実際に体験しました。

子供なのでさまざまなことが意味を成さない混乱の中にいたものの、自分が有利な側(=迫害される側ではない)にいることについては、少し自覚があったそうです。
外見からは誰も違いを見分けられない隣人たちが、ある日ボシュニャク人というだけで近所から除け者にされたり、学校でいじめられたりしはじめます。
先生は先生ではなく、「セルビア人」で、クラスメイトは友達ではなく「イスラム教徒(=ボシュニャク人)」、近所で尊敬されていた医師は、医師でなく「クロアチア人」という民族のラベルだけが貼られます。
ある日、突然クラスメイトがいなくなり、誰一人そのクラスメイトがいなくなったことについては話しません。
村にあった歴史的な美しいモスクは、焼き払われます。
8歳という幼さでありながら、「US(=自分たち、セルビア人)」と「Them(=よその人、敵、人間でない人々=ボシュニャク人、クロアチア人)」を厳密に分けるよう社会から叩き込まれます。

ボシュニャク人たちは、子供たちを守るため、イスラム系の名前からセルビア系の名前に変えて差別を避けようと試みたりもしますが、この迫害・差別の流れはどんどん加速し、「OTHERS(よその人=US(私たち)ではない), 敵、汚らわしい人間以下の人々」として非人間化されていきます。
その後に起こったのは、ボシュニク人の虐殺です。

1995年のデイトン和平協定で紛争は表向き止まったものの、ラナさんは、ボスニアを「血に染まった沈黙の場所」と表現し、ガザで起こっているパレスチナ人の大量殺害について沈黙を守り、モラルの明晰さを失っているドイツの状況に対して、ボスニアで感じたことと同じこと(血に染まった沈黙の場所)を感じるとは予想していなかった、と述べています。

だからこそ、ラナさんは、どんなに個人的な困難があったとしても、人間性をたもつために、ガザで起きている事実、民族浄化について、沈黙するのではなく、声を上げなければならない、としています。
ここでいう個人的な困難とは、ドイツでは、パレスチナということばを口に出すことすら、反ユダヤ主義と自動判断されて、講演等をキャンセルされ収入を失うことを意味する可能性も高いのですが、このドイツの特有の状況については、後述します。

ヨーロッパ諸国の多くの国が、長年(数百年)にわたるユダヤ人迫害を行いましたが、ドイツはナチがホロコーストを行ったことで、特にユダヤ人に対する集団的な罪悪感が強い場所です。
The UK(イギリスを含む4か国の連合国)では、ガザでの即時停戦を求める市民マーチは許可されていますが、ドイツでは禁止されています。ドイツでは、マーチだけでなく、パレスチナの国旗や「Free Palestine (パレスチナに自由を)」という標語を掲げることも禁止、パレスチナ地域のひとがよく使う特定の文様のスカーフも禁止されているそうです。
ラナさんは、ドイツ国内の広場で、即時停戦を求めるプラカードを持っていたユダヤ系イスラエル人が、あっという間に警察の車に連れていかれるのを見たそうです。

ラナさんだけでなく、ユダヤ系アメリカ人で超正統派ユダヤ教から抜け出し現在はドイツのベルリンに住んでいる作家のDeborah Feldman(デボラ・フェルドマン)さんも、ハマスのユダヤ人殺害が起こる前から、中東の話題(イスラエルやパレスチナ)になると、ドイツ人たちは「それは、複雑すぎる話だから。。。」といって誰もが話すことさえ拒否したと語っていました。ドイツ人を含めたヨーロピアンは、政治について論議するのは友人間でもごく普通のことなのです、これは通常の反応とは大きく違います。
デボラさんもラナさんも、ドイツ政府は、ユダヤ人虐殺の過去から、イスラエル政府のどんな行動(戦争犯罪や長年ガザやウエストバンクで行っているパレスチナ人に対する国際法違反)も批判なしで受け入れることができあがっているとしています。
現在のイスラエル政府は極端に右寄りで、極端な宗教観、政治観(純粋なユダヤ人だけの国にするーパレスチナ人はいらない)をもっているため、多くのイスラエル国民からも支持されていませんが、ドイツ政府もドイツ人政治家も、イスラエル政府を決して批判してはならない(自分の政治家人生が危うくなることを避けたい)となり、既にモラルを捨て去っている状態です。

ラナさんは、今回のハマスのユダヤ人虐殺とイスラエル政府のガザでのパレスチナ人大量殺害を、ドイツの知識人たちは、まるで歓迎しているかのようだと書いています。なぜなら、彼らにとって、イスラエル政府やユダヤ系イスラエル人を熱狂的にサポートできる機会ができ、自分たちのユダヤ人大量虐殺を行った罪の罪滅ぼしを大々的に行える機会だからという鋭い指摘です。でも、ラナさんも指摘しているように、その代償を支払わされているのは、無実のパレスチナ人市民、特に子供たち・女性です。

ラナさんがドイツで住んでいる地域には、ホロコーストで連れ去られていった人たちが住んでいた場所に、その人たちの名前と年齢、連れ去られた日が刻まれた小さな石があります。
ラナさんは、それを見るたびに、この大きな建物にたくさん住んでいた人々は、このLucieさん(61歳と石に刻まれている)が連れ去られるのを見たはずなのに、彼らは何をしていたのだろう、ただ目をそらしてみて見て見ぬふりをしたのだろうか、と気持ちが凍るような思いをするそうです。

イスラエルは、パレスチナ地域を暴力と武力・原住民(パレスチナ人)の虐殺や多くの村・コミュニティーの破壊を通してイスラエル建国を行ったあと、国際法で定められたパレスチナ領にも、ユダヤ系イスラエル人をどんどん送り込み、さらに土地や資源を略奪し続けています。
またOpenair prison(屋根のない牢獄)状態にして、国際法違反を多く、長年にわたって行っていることは、国連からも長年、何度も指摘されており、国際社会の誰もが知っていますが、経済的・政治的に力のある西側世界は沈黙し、軍事資金の提供等を通してイスラエル政府のパレスチナ人抑圧を暗に支持しています。

ラナさんは、この背景と事実を理解することはとても重要だとしています。

ラナさんが、ボスニアでの虐殺を語るとき、ドイツ人たちは、「Never again(決して同じことを起こさない)」と熱心に彼女の話を聴くことに熱心だそうです。
ラナさんは、この使い古された言葉は、意味がないと思っています。
なぜなら、ボスニアのことも世界はあっという間に忘れ、世界のあちこちで民族浄化や、ヒューマニティーを踏みにじるようなことが何度も起きているからです。

事実を知り、認め、覚えておくことは重要であり、未来に続く平和はそこからしか始められません。
でも、イスラエル政府のガザでのパレスチナ市民の大量殺害(子供と女性が全死者の7割近く)という現実について語ろうとすると、ドイツでは、パレスチナという単語が出るだけでも、突然「それは反ユダヤ主義、ハマスのせい」と話を切られるそうです。
実際、ガザでの市民の死者について声をあげる作家や知識人たちは、あっという間に契約を切られたり、講演会で話をするはずがキャンセルされたり、という目にあっているそうです。
※)詳細は明確ではありませんが、中国人アーティスト、Ai Weiweiさんが、同じような見解のことをX(旧ツイッター)に書いたことから、彼の予定されていた展覧会が永久にキャンセルされたようです。ガーディアン紙の記事は、 ここ より。Aiさんは、いつも抑圧された側に肩を並べて立ち、抑圧を行う政府や機関・人々に真実をつきつけることで知られています。

ラナさんも、ドイツ人の知合いたちから、善意からのアドバイスとはいえ、「パレスチナという言葉をいうだけであなたの講演会等の仕事はすべてキャンセルされる可能性があるから、何も言わないように」と注意されたそうです。
ラナさんの収入は、著書からくるものと、講演会で話すことから構成されていて、その収入がなくなる可能性というリスクを十分に理解した上で、ラナさんは、ガザでのパレスチナ人の殺害、民族浄化について声をあげています。

誰かのヒューマニティーや基本的人権がおかされているとき、たとえその「誰か」が遠い場所にいたとしても、その不正に沈黙しているのは、さらに状況を悪くすることにつながり、自分も加担していることになります。

ヒューマニティーという観点からは、誰もが「US(私たち)」です

これを失い、「US(自分たち)」と「THEM(よその人として非人間化)」が始まると、虐殺のような非人間的なことにつながるのは、ラナさんはよく理解しています。虐殺へのはじまりは、分かりやすい身体的な攻撃ではなく、USとTHEMとに分け、THEMに対してことばでの非人間化をすることです。
それに、イスラエル政府の戦争犯罪や国際法違反に完全に目をつぶり熱狂的にサポートしているドイツ政府が管理するドイツですら、イスラムフォビアだけでなく、ユダヤ人たちへの攻撃も増えています。

明晰なモラルをもち、正義の尺度を誰にも同じようにあてるのは、国としても個人としても、とても大切なことです。

思いつくのは女性が多いのですが、作家のラナさん、同じく作家のDeborah Feldman(デボラ・フェルドマン)さん、国連ではFrancesca Albanese(フランチェスカ・アルバネーゼ)さんが、西側諸国のダブルスタンダードについて明確に語っています。彼女たちは、みんなヒューマニティーを通して物事をクリアーな目でみて、激しいバックラッシュも恐れません

なぜなら、真実について沈黙することは、さらなる暴力や戦争犯罪・国際法違反を招き、ヒューマニティーが破壊されてしまうからです。
抑圧されている人々は、声を出すことができないか、声をあげてもメディアも誰も聞きません。そのため、声をあげられる立場にある私たちが沈黙しないことは大切です。

ラナさんは、自分が迫害する側にいた経験から、「誰が話を語るのか」は、政治的・経済的・武力的に優位な側がつくったナラティヴで、抑圧・迫害された/されている側の見方は消されてしまうことには、よく注意しておく必要があると他のインタビューで語っていました。

フランチェスカさんは、「いじめ主義が大嫌い(たまたま強い立場にあるひとや国、政府がほかのひとびとの基本的人権や尊厳・自由を蹂躙し抑圧すること、が許せない)。抑圧されヒューマニティーを奪われている人々のことを考えれば、個人的に受けるバックラッシュなんて、野犬が月に吠えているようなもの。人生は短い。その中で自分にできることを最大限にやっていくだけ」とあるインタビューで述べていたのが印象的でした。

私たち、普通の市民が「US(私たち)」として、事実を知ろうと努力し、抑圧されている人々と共に歩き、声をあげていくことが、世界・社会から抑圧をなくし、誰もが人間の尊厳をもって、花開いて生きていける社会をつくることにつながります。

Yoko Marta