どう男性たちが効果的に関ることができるか
どう男性たちが効果的に関ることができるか
ある日、毎日読んでいるイギリスの独立系新聞ガーディアン紙に、アメリカの若い男性(18歳~25歳)に特に焦点をあてたチャリティー団体、「Men4Choice」の記事がありました。
この団体は、まだ学生だったOren Jacobson(オレン・ジェイコブソン)さんが2015年に設立したそうです。
アメリカでは、現在、堕胎が違法化された州もかなりあり、その中には、性的暴行や親が子供にレイプして妊娠させた場合でも堕胎が違法である場合もあります。
アメリカでは、1973年以来「ロー対ウェイド」判決により堕胎は合法となっていたのですが、アメリカ前大統領のトランプ氏が在任中にすべての堕胎に反対する裁判官を新たに3人選出したことで(アメリカの場合は、最高裁裁判官は終身在任)、9人の最高裁裁判官のうち、6人がPro Life(プロ・ライフ/生命を支持ーどんな事情でもどの段階でも中絶反対)となり、それまでは考えられなかった中絶禁止がさまざまな州で行われることとなりました。
ちなみに、トランプさん自身は、特に堕胎反対でも賛成でもなく、単にトランプさんを支持しているキリスト教宗派であるEvangelical Christian (エヴァンジェリカル・クリスチャン/福音派)のサポートを得るため(=福音派はすべての堕胎を禁止するべきという強い教えをもっていて長年堕胎禁止の法律をアメリカ全土に施行するためのロビー活動を含む多くの活動を行っている)だとする見方は、よく見られます。
福音派は、アメリカでは特に大きい宗派で、アメリカ国民の約3分の1がこの宗派に属しているとする専門家もいます。資金も潤沢にあり、アメリカ政治に大きな影響を及ぼしていることでも知られています。イスラエルのパレスチナ違法占拠やユダヤ系イスラエル人によるパレスチナ人への暴力も大きくサポートしている団体です。
この宗派の教えでは、「聖書の預言には、ユダヤ人たちが聖なる土地(=パレスチナの地)に「国家」として「帰る」ことで、「世界の終わり」がきて、パレスチナのすべてがキリスト教徒の土地となり、キリストが再びこの世に現れる」としており、ユダヤ人が(どんな手法を使っても)歴史的パレスチナ地域を占拠することを強く望んでサポートしており、シオニズムとも深く結びついています。
ちなみに、地球上で多くの人々に信仰されている宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教等)には、複数の聖典があり、その解釈も専門家や宗教家によってもさまざまで、宗教(専門)家は、宗教を深く信仰しているということは、ひとつの解釈だけを盲目的に信じることではなく、疑問をもって考えることでもあり、宗教の中にはそのスペースがあるとしています。
ただ、この福音派は、ひとつの解釈だけが正しいと決めて、それを文字通りに実行することを、この宗教を信仰しない他の人々すべてにも押し付けようとしている(=それがほかの人々の基本的人権を侵害することになっても)ことで、批判もあります。
オレンさんは、この堕胎についての権利がひっくり返されることはないだろうと信じていたので、この議論が起こり始めたときに、とても驚き、法律がどうなっているかを調べたそうです。
オレンさんは男性で、「これは女性の問題では、、、」と消極的に思っていた時期もあったそうですが、「すべての人々が、人権を守られる権利があるー自分たちの身体やヘルスケア、Reproductive Decision(生殖決定権)がなければ、本当の意味で誰もが自由になれない」と信じて、実際に堕胎が違法となって直接的な影響を受ける人々だけに反対運動を起こす責任や労力を負わせるのではなく、社会の約半分を占める男性たちが、ともに学び、多くの男性たちを動員して、堕胎を合法とする運動を行うことが必要だと強く感じたそうです。
ただ、オレンさんも最初は、この運動に、男性としてどうアプローチしていいか悩んだそうです。
オレンさんが、この団体の活動の一環として、地域の家々をまわって、堕胎に関して、男性に話し始めると、「あ、僕は男だから(関係ないよね)。。。僕のパートナーを呼ぶから待ってて」といった反応は、今でもあるそうです。
アメリカの大手民間調査機関のPew Research(ピュー・リサーチ)では、2019年調査時点で、6割以上の男性が堕胎のほとんどのケースは合憲であるべきであり、安全な堕胎と、堕胎へのアクセスを容易にすることに賛成していたそうです。
ただ、多くの男性たちが、オレンさん同様、何をしていいのか、どのように関わればいいのかが分からず、傍観者状態でサイレントだったそうです。
オレンさんがこの運動を通じて目指しているのは、堕胎を合憲にすることだけではなく、そもそもこの堕胎を禁止する法律を決めたようなノーム(風潮)と文化、慣習に立ち向かって、変えることです。
なぜなら、この運動がなんとか機能し、アメリカ全土で堕胎が合憲となったとしても、風潮や文化、慣習が変わらなければ、また堕胎が違憲となるかもしれないし、ひとびとの権利を奪うようなほかの法律が出てくる可能性もあります。
オレンさんは、この堕胎禁止は、anti-choice (アンティ・チョイス/選択を支持することに反対ー堕胎に反対)をサポートする多くの男性たちによって推し進められたことを認識しています。
オレンさんは、この男性優位・家父長制の有害な風潮・慣習・文化は、徹底的に内側から変えないといけない(=男性たちが変わる必要がある)と強く思います。
これには、多くの男性の味方をつくり、男性から男性に対して働きかける必要があります。
なぜなら、男性たちは、通常ほかの男性たちがいるところに集まるし、男性が言うことには、男性たちも納得しやすいからです。
この堕胎については、男性たちに自分たちにも直接関係あることと認識できるよう、以下のフレーミングで話をしているそうです。
これは、単に堕胎についてだけではありません。
これは、自由、権力、コントロールの問題です。
これらは、私たちみんな、私たちの家族や愛する人々にインパクトのある問題です。
オレンさんは以下のデータも挙げています。
堕胎は、若い男性の未来にも影響し、パートナーが妊娠して子供を産んだ場合と比べると、パートナーが堕胎した場合は、約4倍多くの男性がカレッジを修了するそうです。
もちろん、北欧の国々のように、子供をもつと決めた際に、多くのサポートが無料で提供されることが望ましいものの、アメリカのように公共事業のほとんどがほぼ私営化されたような国では、子供をもった人々へのサポートも少なく、カレッジを修了したかどうかが、その後の給料やキャリアに大きく関わってくるため、堕胎の選択肢があることは重要でしょう。
また、イギリスでも避妊のピルやモーニングピルは無料で普通の薬局でも簡単に手に入るものの、どんな避妊方法も100パーセント妊娠を防げるわけではありません。
どんなに気をつけていても妊娠をすることはあり、また、さまざまな状況があり、それを責めたり、ジャッジするのは間違っています。
また、完全な数値ではないものの、5人の男性のうち1人は、妊娠させた女性が堕胎を行っているそうです
身体的に妊娠できることができる人のうち、4人に1人は、45歳に到達するまでに堕胎を経験していて、堕胎を行う女性は、半数以上が結婚している女性であり、既に少なくとも一人は子供がいるそうです。
こういった事実を知ることは、「堕胎は無鉄砲な人々の無責任な行動の結果で自己責任だ」といった神話を打ち砕くことにも役立ちます。
このMen4ChoiceのGuiding Principle(ガイディング・プリンシプル/行動規範・基本理念)には、深く共感します。
以下に少しだけ挙げておきます。
男性の味方として、私たちは、私たちの声、特権、力を生殖権の自由と正義のための闘いに使います。
私たちは、この運動のなかで、パートナーとして、よく聞き、責任をもち、成長します。
私たちはこの闘い(=堕胎を合憲とすること)に加わったのは、救世主としてではなく、もっと公平な社会をつくるためという私たちの義務を果たすためです。
私たちは、法律や文化を変えるために行動を起こします。どのようにsexism(セクシズム/(特に女性に対する)性差別主義)と人種差別が、このような抑圧的な法律と堕胎禁止ムーヴメントを煽っているかに重点をおいて。
このミッションの中には、「無条件でこのムーヴメントに影響を受ける女性と個人をサポートします ー 男性の味方たちの行動をうながし、教育し、動員することによって」とあります。
Vision(ヴィジョン/見通し・構想)には、「男性の味方が積極的にMisogyny(ミソジニー/女性に対して敵対的な社会や環境の仕組、ひとびとの行動ー男性支配の現状の社会に対して抵抗・反抗する女性たちを罰したりコントロールする)を打ちこわす未来にむかうーこの生殖権の自由のための闘いに直接関ること、自分たちの考えを変えることによるトランスフォーメーションを通して」
実際には、どのような活動を行っているのでしょう。
初期は、オレンさんのいたイリノイ州のみで対面で行っていたそうですが、現在は、ほかの州にも活動を広げ、オンラインでの対面や、ソーシャルネットワークで情報を広めることも行っているそうです。
10週間にわたるFellowship program(フェローシップ・プログラム)をCollege age(カレッジ・エイジ/大学生ぐらいの年代)の若い男性たちに提供しているそうです。
この中には、基本的人権を理解するようなカリキュラムもあれば、以前にこのプログラムを修了したメンター・コーチとも話す機会があります。
Paid Internship(ペイド・インターンシップ/給料が支払われるインターンシップ)プログラムもあるそうです。
誰もが裕福な家庭出身で無料で労力や時間を提供できる恵まれた環境にいるわけではなく、給料をもらいながら社会の役にたつことができ、かつ就職時の履歴書や大学院にいくときのプラスにもなるのは、誰にとってもいいことです。
また、リーダーシップ研修ということで、友達数人を招いてこの生殖権の自由についての話し合い(グループ・ディスカッション)を行うことも必須となっています。
このプログラムを修了した後は、メンターやコーチとして団体内で積極的に関わり続けることもできるし、地域や自分のカレッジ等で、話し合いの場を広げて、ほかの男性たちを味方にしていくこともできます。
一人の男性が数人の友達を納得させて、この生殖権の自由、また有害な男性性の神話を打ち砕いて、誰にでもよい風潮・文化・慣習をつくっていくことは、未来への希望を与えてくれます。
ここには、自分の友達だけでなく、父親や叔父さんたちといった家族・親戚等が女性を卑下するようなことをいったり、女性を性的にモノ化する発言をしたときに、その言動に効果的にチャレンジすることも含みます。
なぜ若い男性たち(18歳~25歳)に特に注目しているかというと、この年代の男性は、pro-choice(プロ・チョイス/選択に賛成=堕胎の自由をもつ権利に賛成)である人々が多く、風潮・文化・慣習の変化には時間がかかるため、若い年代の人々の教育や訓練に特化し未来を変えることは効果的で、また、若い人々のほうが考えを変えることに柔軟だからだそうです。
それと同時に、若い人々は情熱をもってこの運動に加わることが多く、一番たよりになるヴォランティア―となるそうです。
男性たちが生殖権の自由ということにどう関わっていいか分からない、ということを解決する一つの方法として、この団体では「Starter Kit」を用意していて、無料でサイトからダウンロードできます。
この中で、「Don't be that guy(そんな男性にはならないで)」というタイトルで、よく聞かれる質問に対して、どういった切り口で答えるか、というのは、とても参考になりました。
この問題について、私は(男性なので)話す立場にありません。
→ いいえ、あなたは、話す立場にあります。anti-choice (アンティ・チョイス/選択を支持することに反対ー堕胎に反対)を声高に唱える男性たちは、自分たちの力をつかって、堕胎を禁止し、違法化しました。Pro-choice(プロ・チョイス/選択に賛成=堕胎の自由をもつ権利に賛成)の男性たちは、これに対して反論する必要があります。女性や妊娠することが可能な人々だけが、この重責を負うべきではありません(=私たち男性も一緒に背負うべき)
もし注意深い行動をしていれば、堕胎は必要なかった。
→ なぜその人が堕胎を行うのかという理由や状況をあなたが知っていると決して思い込まないこと、それをジャッジする立場にあなたはいないことを認識しておくことは重要です。anti-choice (アンティ・チョイス/選択を支持することに反対ー堕胎に反対)の人々が使う(偽の)ナラティヴ、「無鉄砲なセクシュアリティー」という神話に騙されないで。
このStarter Kitの中には、「How we can say it better(もっとよく言うには)」というセクションもあります。
参考になったものをいくつか挙げておきます。
(よくある答え)
私はプロ・チョイスをサポートします。なぜなら、私は自分の娘たちにも平等な権利をもってほしいからです。
(もっといい答え)
身体的なAutonomy(オウトノミー/自治権・自律)なしでは、誰もが自由にはなれません。誰もが自分の身体をコントロールする権利、完全なヘルスケアへのアクセスがある権利を当然としてもっています。
(よくある答え)
この決定(堕胎をするということ)を軽く決める女性はいない
(もっといい答え)
誰かが、ヘルスケアについて、何が家族にとって最大の関心なのかについての個人的な決定を行う時、私たちはそれを尊重する必要があります。
なぜ堕胎を行うことを選択したのかという理由、彼女らがそれについてどう感じているのかということをジャッジしないことを覚えておきましょう。
なぜなら、それはさらに堕胎に対してのスティグマを強め、ある理由をほかの理由よりも良いとするようなランキングを作り出すからです。
(よくある答え)
私は、この問題について、どちら側も心の底からもっている信念があるということを尊重します
(もっといい答え)
私は、無条件に女性とこれ(生殖権の自由)について直接にインパクトを受ける人々ー基本的人権が脅かされたり失われたーの味方です。
また、すべての見方・観点が同じ土俵にあがり、同じ重要性で論じられるべきでないことは覚えておきましょう。誰かの「意見」が、他の人の権利を奪うことに基づいているとき、私たちはその意見を尊重せざるを得ないわけではありません。
別の記事からですが、Orenさんがいかに男性を巻き込むかということで、興味深かったのは以下です。
「生殖権の自由」というと、身体的なことに注目しがちですが、そうではなく、「政府のコントロールからの自由・独立」という観点から語ることは大切です。なぜなら「Independence/独立」は、すでにサポートしている男性も多いからです。
「normal guy speak(普通の男性が話す言葉)」で話すことで、ほかの男性たちの耳に入りやすくなります。
オレンさんたちのキャンペーンでは、「権力のある男性たちがその力を女性の身体をコントロールすることに使っている」という内容で、シンプルな言葉を使ったのは効果的だったそうです。
男性たちの、身の回りの女性たちを助けたいという望みや関心にアピールすることー自分の身の回りに堕胎をしたひと、堕胎に影響を受けたひとがいる場合、堕胎を合憲にすることに賛成する傾向がとても強いそうです。
[参考]
Evangelical Christian(エヴァンジェリカル・クリスチャン/福音派)に関する記事ː イギリスの大学で教えるユダヤ系イスラエル人歴史家のIlan Pappe(イラン・パッペ)さんによる
https://www.middleeastmonitor.com/20240117-ilan-pappes-book-ten-myths-about-israel-challenges-the-propaganda-campaign/