ファシストの世界か、decolonial(デコロニアル/植民主義・帝国主義からの解放ー誰もが、どの国もお互いの主権を尊重しながら、対等な立場で、経済・文化・社会・政治すべての側面で、支配・被支配、上・下、搾取・非搾取、の関係性を排除し、協力しあう)の世界かの岐路は、パレスチナにある
ニューヨークで行われた、パレスチナ文学祭での、アメリカ人作家、タナハシ・コーツさんと、パレスチナ人ディアスポラである、タリーク・バコーニさんとの対談からの考察を。
「ディアスポラ」は、民族離散をさします。
1947年にイスラエルが、原住民であるパレスチナ人に対して、虐殺・エスニッククレンジングを行い、パレスチナから暴力的に追い出されて離散したパレスチナ人一世代目とその子孫たちをさしています。
ほぼすべてのパレスチナ人は、自分の地へ戻ることをイスラエルによって拒否され続け、難民としてジョルダンやレバノンなどの近隣国で過ごすことをしいられています。後述しますが、国連でパレスチナ人の自分・祖先の地に戻る権利は、不可譲の権利だと認定されています。
それにも関わらず、イスラエル政府はその権利を拒否し続けるだけでなく、いったん奨学生として数年留学したパレスチナ人の居住権を一方的にキャンセルして戻れなくしたり、イスラエルの封鎖で一時的に親類をたよってパレスチナ領地をでた人たちが戻れないようにすることが当たり前になっているにも関わらず、世界(西側諸国の政府)は沈黙を続けています。
タリークさんの祖父は、1947年にイスラエルによってパレスチナから追い出された多くの人々の中の一人で、隣国のジョルダンにわたり難民となり、タリークさんはジョルダンとレバノンで生まれ育ちます。
タリークさんは、イギリスの大学・大学院で勉強し、現在は、アカデミック・作家としてイギリスに暮らしています。
タリークさんはクィア(自分が生まれたときの身体的な性別と自己認識が一致しない、性的志向が違うなど)で、パレスチナ人であること(非白人で、かつパレスチナ人やアラブ系のひとびとはテロリスト・野蛮というイスラムフォビアが白人社会では根強いーただし、中東はキリスト教発祥の地でもあり、多くのキリスト教徒がいて、イスラム教の多くの宗派のひとびとと数百年以上、共存している)から、自分のアイデンティティーに苦しんだ時代も長く、それについても、新たに出版された本「Fire in every direction」の中で語っています。
タナハシさんは、とてもよく知られているアメリカ人作家なので、説明は必要ないとは思うのですが、インタヴューや対談でも、ちっとも偉ぶらず、いつも好奇心をもって相手を尊重して話をしているのが伝わってきます。
軽やかに、少し早口で、くちぐせの「You know (英語スピーカーがよく使う表現で、日本語直訳の、知ってるよね、とはニュアンスが違い、相手と自分が同じページにいることを軽く確認するような優しい表現だと私は思っていますー私の周りの多くのヨーロッパ大陸育ちのヨーロピアンはこの表現を嫌いますが、それは文化的にイギリスのようなあいまいさを好まず、ある程度はっきりと言うことが求められる文化に育ったからでは、と思います。「You know」と言われると、あいづちのようなものだと分かっていても、「No I don't(私は知らない/私には分からない)」といちいち言いたくなる気持ちをおさえていると言う友人たちもいます)」を多用しながら、ユーモアが自然とまざり、対談相手もとてもリラックスしているのが伝わってきます。
ユーモアは、ユーモアのプロフェッショナルであるスタンダップ・コメディアンにとっても、とても難しいものです。
ユーモアは、本来、権力のない・少ない人たちが、大きな権力があるひとの横暴さなどについて、対抗する、ほぼ唯一の手段です。
なぜなら、権力が完全に小さい側にいれば、きちんとした理論で説明することすら、暴力を振るわれることにつながったり、仕事を失ったり、国や地域によっては、命を失うことすらありえます。
専制的な政府が権力をもった国では、コメディアンや風刺画家を刑務所にいれたり殺したりすることでも知られていますが、それは、この人たちのつかうユーモアが、権力をもった側の力を、一時的にでも失わせる(権力を持っている側の使っているトリックを破り、本来の権力者の姿を誰にもみせる)からです。
イスラエルは、パレスチナ人の風刺画家や作家、詩人を数十年にわたって、パレスチナ地域だけでなく、ロンドンを含むさまざまな地域で、暗殺し続けています。
ユーモアは、大きな力をもっています。
権力が強い側が、権力が弱い側に対して、ユーモアを使っていると思いこんで行う発言の多くは、「いじめ・ハラスメン」となりがちです。
権力が強い側にいるときにこそ、自分より弱い立場にいる人たちに対して、自分がユーモアだと思っていることを軽々しく口にしないよう、気に留めておく必要があります。
プロフェッショナルであるスタンダップ・コメディアンでさえ、ユーモアを扱うことがとても難しいことは、気に留めておく必要があります。
別におもしろおかしいと思われる(と自分が思い込んでいる)発言をする必要はなく、誠実に、対等なひととして相手を尊重した発言を行えばいいだけです。
また、日本のようにヒエラルキーが異様に強い社会では、権力が強い側が、いじめやいやがらせに限りなく近いことを言ったとしても、周りは、本人がユーモアにあふれたことをいっている(つもり→実際は違う)、という態度が明らかであれば、それに合わせて笑うことを強要されているように感じて、そのように行動するひとが多いことは、自分が権力の強い側にいるときこそ、よく心に留めておく必要があります。
権力の少ない側がこれに対してできることは、少なくとも笑わないこと、本来の役目であるユーモアを使うこと、安全性が確保できていれば、不適切な発言であることを指摘することです。
タナハシさんのユーモアが、いじめやいやがらせにならないのは、タナハシさんは、自分の作家としての名声などはなんとも思っていなくて、同じ人間として、対等なひととして向き合っているからだと思います。
タナハシさんは、「白人に一番読まれている黒人作家(白人にとって耳障りのいいことだけを書いている)」と批判を受けていたこともあります。
パレスチナについては、長い間、周りのジャーナリスト(いわゆる白人エリートたち)からの影響を受け、ほぼ何も知らず、「二つの民族が、同じ土地に対して、権利を争っている(どちらもが正当な権利をもっているという前提)、とても不幸な物語」というナラティヴを信じていたそうです。
パレスチナに対する見解について、批判を受けたとき、タナハシさんは、真摯に向かい合います。
パレスチナ人の学者の話を定期的に聞きに行き、パレスチナのひとびとにすすめられた本をたくさん読み、数年前には、パレスチナを訪れ、自分がすりこまれたナラティヴは、完全に間違いだと気づき、間違っていたことを公的に認め、現在は、パレスチナ人解放、パレスチナ人の虐殺を止めることを求めて、さまざまな場所で語っています。
アメリカやイギリスといった西側社会では、パレスチナ人虐殺反対や、イスラエルによる国際法違反のパレスチナ占領・封鎖をやめるよう発言すると、対談やインタヴューをキャンセルされたり、本の映画化が中止になったりしますが、タナハシさんは、名声やお金よりも、ヒューマニティーをもちつづけることのほうが、ずっと重要だと明言し、それを実行しています。
パレスチナについて、基本的な情報を少しだけ。
これが分かっていないと、タリークさんの発言は理解することが不可能だと思うので。
歴史的パレスチナ地域は、長らくオットーマン帝国の一部だった地域で、文化的にもとても栄えた地域でした。
そこでは、パレスチナ人(キリスト教徒、イスラム教徒、少数のユダヤ人)が千年以上にわたって共存していました。
ちなみに、パレスチナは、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教発祥の地でもあり、現在のパレスチナ地域に住むパレスチナ人たちの多くは、どこかの時点で、ユダヤ教からイスラム教に改宗したひとびとだとみられています。
現在、イスラエルに住むヨーロッパ系白人ユダヤ人(アシュケナジ)とその子孫は、数百年、あるいはもっと長くヨーロッパに住み続けたヨーロピアンで(ユダヤ人という血統をいうのであれば、パレスチナ地域のパレスチナ人のほうが、色濃くユダヤ人の血をひいている)、だからこそ、イスラエルでは、特別な場合をのぞいて(親子の血縁関係を確かめる必要がある場合など)、遺伝検査を行うことを禁止しているそうです。
イギリスやフランス・ドイツなどの当時の帝国主義を行った国々が、土地や資源を奪うため・自分たちの覇権・権力をひろげるため、共謀して、オットーマン帝国を崩壊させた後、オットーマン帝国の領地を、上記の帝国の間で、勝手に国境線をひき、分割し、大英帝国(現在のイギリス)が、歴史的パレスチナ地域を委任管理(実質的な植民地)となりました。
東ヨーロッパのユダヤ人が、歴史的パレスチナ地域を移住者植民地化するために、イギリスの完全バックアップを受けたユダヤ人大量移入を行うまでは、歴史的パレスチナ地域は、90パーセント以上がアラブ系のひとびとで、アラブ系のユダヤ人は約3パーセント程度でした。
東ヨーロッパのユダヤ人のなかでは、シオニズムという、帝国主義・ユダヤ人至上主義を軸としたイデオロギーが形成されはじめていて、どこかの地域に(初期は、別にパレスチナにこだわっていたわけではなく、アフリカや中東のほかの地域も検討されていた)ユダヤ人のみの国をつくることを考え始めていました。
ヨーロッパのユダヤ人の間では、それぞれの生まれ育った国でのアイデンティティーも強く(数百年にわたってフランス地域に住んでいれば、言語も慣習もフランス)、このイデオロギーに賛同するひとはとても少数だったそうですが、ヨーロッパでのユダヤ人排斥がひどくなると、状況は大きく変わります。
当時のイギリス政府は、イギリス政府の暴政や暴虐さに対するパレスチナ人たちの正当な抵抗を抑えるため、また、資源の豊かな中東地域に覇権を握り続けるための前哨地としてパレスチナ地域をつかうため、また、キリスト教の福音派(ユダヤ人がパレスチナ地域に国をつくれば、キリストの再臨がおこると信じているーキリスト教のシオニズムで、東ヨーロッパユダヤ人の間で編み出されたシオニズムとは違う)を信仰する貴族議員などの影響もあり、ユダヤ人だけの国をパレスチナ地域へつくることを約束します(バルフォー宣言)。
普通に考えれば、自分の土地でない場所を、誰かに、勝手にあげるという約束をすることさえ、おかしな話なのですが、帝国主義では、武力をたてに、こういった不正義を数多く数百年にわたって行ってきました。
また、ここには、白人間でも差別があり、東ヨーロッパ(西ヨーロッパより貧しくて、文化も劣っているという思い込み)の貧しく、教育の低いユダヤ人が移民してくることを嫌い、どこかほかの地域(西ヨーロッパ以外)に去ってくれれば、ヨーロッパのユダヤ人問題は解決される、という勝手な思惑もあったようです。
これが、1917年のバルフォー宣言につながり、パレスチナ地域を支配していたイギリス政府によって、ユダヤ人入植者たちは、とても優遇され、パレスチナ人の土地や資源を、どんどんユダヤ人入植者へと奪われました。
また、ユダヤ人入植者たちは、はじめからパレスチナ人の土地や資源を奪うことを目的にしていて、ユダヤ人だけの地域をつくり、仕事もユダヤ人のみにわたし、パレスチナ人を経済から完全にしめだそうとします。
その間にも、ユダヤ人がパレスチナ人の土地に火を放って、暴力で土地を奪うことも横行しましたが、イギリス軍は、パレスチナ人を守るどころか、ユダヤ人の味方でした。
パレスチナ人たちも、抵抗運動を何度か起こしたものの、武力で完全に勝っているイギリス軍には、なかなか太刀打ちできません。
急速なユダヤ人入植に対しての不満が高まったことから、イギリス政府はいったん、ユダヤ人の入植を限定することを決めますが、これに不満をもったユダヤ人たちが、テロリスト・グループを形成し、イギリス軍やイギリス役人に対して、テロ行為を繰り返しました。
イギリス政府の役人が滞在しているホテルを爆破して数十人殺したり、イギリス人を誘拐して見せしめに殺したりを繰り返すようになり、それに対応しきれなくなったイギリスは、歴史的パレスチナ地域を去りました。
イギリスの高官たちが、パレスチナを去る際、「パレスチナ人もユダヤ人も、どちらもが人間以下の野蛮なもの」という発言をした記録が残っています。
ユダヤ人のパレスチナ人に対する暴虐行為は日増しにひどくなり、1947年のイスラエル建国時には、パレスチナ人虐殺(モスクで祈っていた普通のパレスチナ人農民たちをユダヤ人テロリストグループが集団射殺するなど)、パレスチナ人への組織的なレイプ、多くの村々や農地への放火、暴力や銃をつかって残虐にパレスチナ人を祖先の地から、力づくで追い出しました。
ちなみに、イスラエル政府の大統領・首相、閣僚などのほとんどは、上記のユダヤ人テロリスト・グループに所属していました。
一人を除いては、すべてがヨーロッパ生まれ・育ちで、パレスチナ地域に移住してきた第一世代のユダヤ人で、パレスチナ地域とは全くつながりがありません。
当時の国連は、まだ国連ができてから日が浅かったものの、力づくで領地を奪い取ることは違法だったにも関わらず、国連で力をもった国々は西ヨーロッパの国々で、ユダヤ人に対するヨーロッパでの虐殺に対する負い目もあり、イスラエル国家樹立を認めた上、歴史的パレスチナ地域の半分以上の土地をユダヤ人に渡すことを提案します。
この当時は、地球上の多くの地域は植民地か、植民地宗主国から独立を勝ち取るために闘い続けている最中か、独立したばかりで、国連での発言は不可能だったため、西側諸国(帝国主義を推し進めた国々)の決定となります。
当時、植民地国がすべて独立して主権をもっていた国として機能していれば、この不正義な決定が通過することはなかったでしょう。
この当時、人口では、パレスチナ人7割、ユダヤ人3割で、土地の所有についても、パレスチナ人が歴史的パレスチナ地域の9割近くを所有していました。
この不公平で不正義な提案を、原住民であるパレスチナ人が受け入れるとは誰も思わないでしょう。
また、ここでは、ユダヤ人が行ったパレスチナ人に対する集団殺人・集団懲罰・レイプ・エスニッククレンジング・家屋や資源の破壊と盗みなどに対する責任は問われていませんでした。
これは、現在も形を変えながら、続いていることです。
タナハシさんに、過去にも、現在でも、世界のあちこちで虐殺は起こったけれど、パレスチナ人の虐殺については、何が特徴的なのかを聞かれ、タリークさんは、以下を語っていました。
ガザでの虐殺は、いくつかの点で極端です。
ひとつは、(虐殺の被害者によって)ライヴストリームされていることです。
地球上の誰もが、即座に(ときには同時に、虐殺を)みることができます。
私たちは、目をそらすことができません。
それにも関わらず、虐殺は数週間どころか、2年以上たった現在も続いています。
これは、私たち(地球上に住むひとびと全員)のヒューマニティーについて、何を語っているのでしょうか?
私たちは、(虐殺が)起きていることを目撃しているにも関わらず、これ(虐殺)が起こることを許し、まるで何事も起きていないかのように暮らし続けています。
ひとびとが(デモンストレーションなどの)動きを起こさなかった、努力をしなかったと言っているわけではないのですが、虐殺は続きました。
2つ目は、私はナイーヴなひとではありませんが、それでも、ガス・ライティング(心理的な操作をさし、誰かが、自分が実際にみたり聞いたりしていること・記憶・現実・認識や理解などに、ひどい疑いを引き起こし、自分自身を疑い混乱を引き起こされる)のレヴェルのひどさには、大きくショックを受けました。
まるで、私たちが目撃していることが、存在しないかのようなにふるまうことへの決意、メディアの(イスラエルの嘘のナラティヴへの)共犯性、 製造された合意(イスラエルはいつも被害者で、パレスチナ人は人間以下・動物以下かテロリストで殺してもかまわない)など。
そこでは(メディアの報道ー記事やインタヴューなどには)、虐殺を許可する「ことば」が使われ、(虐殺を起こさせる・続けさせる)スペースを作っていました。
政治家や政策立案者たちは、デュアル・リアリティーの中 ー 私たちが目撃していることは、それほど悪いことではない、か、これには(正当な)理由がある、これは許されるべきことーにいました。
先週は、「Dog and pony show (犬と仔馬のショー/政治やビジネスの文脈で使われる表現で、精巧で派手なプレゼンテーションやパフォーマンス、イベントで、政治的な目的のためにひとびとを欺いたりすること)」のように、突然、停戦について、トランプ(大統領)が、ネタニヤフ(イスラエル首相)の隣に立って語っているのを見ました。
彼(ネタニヤフ)は、2年以上にわたるライヴ・ストリームされている虐殺を行い続けている戦争犯罪者です。
そして、私たちは、まだ虐殺が続いている間、(ガザの)再建について話しています。
「いわゆる」停戦。
このデュアル・リアリティーはなんでしょう?
彼ら(トランプとネタニヤフ)は、虐殺を引き起こすことができ、私たち(地球上の市民たち)は、それをすべて忘れるという世界に住んでいます。
まるで、私たちが、虐殺を見たことを、記憶から完全消去できるかのように。
私たちは、今もそれ(虐殺)を目撃しています。
これ(トランプとネタニヤフの間で話している、おとぎ話のような実体のない停戦)は、何でしょう?
これを可能にし、続けさせているレヴェルの政治や政策についての議論は何でしょう?
私からは、最後に、なぜこれ(イスラエルによるパレスチナ人虐殺)が、(世界の各地で起こったほかの虐殺と比べて)違うかというと、これは、西側帝国の核心をついているということです。
西側の、自分たちの植民地根性、自分たちの人種差別、現在も続く帝国と植民地化へのアディクションを扱うことができないこと、の核心をつきます。
そして、これらを扱う代わりに、彼ら(西側)は、それら(の問題)を、パレスチナ人に投影し、自分たちが自分たち自身を鏡で見る必要から免れます。(=自分たちの行動を認めるのは耐えられないので、自分たちの罪深さをパレスチナ人に押し付けている)
もし、私たちが、ファシストの世界か、decolonial(デコロニアル/植民主義・帝国主義からの解放ー誰もが、どの国も主権をもち、お互いの主権を尊重しながら、対等な立場で、経済・文化・社会・政治すべての側面で、支配・被支配、上・下関係、搾取・非搾取、の関係性を排除したもの)の世界のjuncture (ジャンクチャー/危機をはらむ転機・岐路)に立っているとすれば、このジャンクチャー(岐路)は、(歴史的)パレスチナを走っています。
だからこそ、わたしたちは、2年以上にわたって今も続いている、最大のガスライティングを目撃しています。
タリークさんは、この対談の最後のほうで、現在、パレスチナのひとびとが、絶滅させられるか(※全員が殺されなくても、民族としてのアイデンティティーが保てない状況となることを指すー例/パレスチナ人はとても狭い地域に閉じ込められ、建物の建築材料や重機も封鎖で入ってこれず廃墟のままで、上下水道の施設は壊されたままで修復することが許されず、病院も学校も機能することが許されない状態で、多くのひとびとが停戦条約がかわされた今も毎日イスラエルによって殺される現在の状況が続けば、死ぬかこの地域をなんとかぬけだすかの二択しかなくなり、ひとびとは離散し、ことばや文化・慣習などが失われる)、正義が行われるか(=国連で約束されたパレスチナ人全員が祖先の地に戻れる権利が実行される、国際司法裁判所のイスラエルのパレスチナ領支配は国際法違反で即刻立ち去れという勧告が実行される、イスラエルと西側諸国・西側企業が虐殺の責任をきちんと取るー公平な裁判・賠償・再建への費用負担など)という、実存的危機の状態にあることを考えながら、以下を話していました。
別の未来は、可能です。
これは、パレスチナ人としての、始まりかもしれないし、終わりかもしれません。
これは、パレスチナ人の集団抹殺かもしれません。
それは、可能性としてはありえます。
(過去には)ほかの原住民グループは、解放を獲得することができず、虐殺されました。
(例/アメリカの原住民たちは、虐殺、エスニック・クレンジングで、侵略者である西ヨーロッパの白人・キリスト教徒にマジョリティー・原住民として置き換えられた)
私たちは、移住者植民地(=イスラエルーヨーロッパからの白人ユダヤ人が虐殺・エスニッククレンジングで原住民であるパレスチナ人を消去し、その上にイスラエルを建国して、自分たちがマジョリティー・原住民と主張)にいます。
この未来(パレスチナ人は民族として消去され、イスラエルの移住者植民地が拡大して、歴史的パレスチナ地域のすべてがユダヤ人国家となる)も可能です。
でも、同時に、私は、ほかの未来も可能だと思っています。
私たちが、この時代をみたとき、これは、私たち(パレスチナ人)の解放のはじまりです。
シオニズムは、今が一番弱いときです。
(地球上の)大衆のサポートや、私たちの味方の強さ、私たちの決意や、私たちの結集(世界中で起こっている虐殺に反対するデモンストレーションや、市民不服従、特にイタリア地域での大規模な国全体でのストライキなど)は、今までになく、強いものです。
そして、私たちは、agency(エージェンシー/日本語にはない概念で、近いものでは主体性)をもっています。
私たちは、実存危機をかけた闘いのなかにいます。
特に、どのように解放へのエージェンシーを取り戻し、再び火をつけるのは、特にパレスチナ人次第です。
(※タリークさんが暗示しているのは、オスロー合意の前には、パレスチナ人抵抗運動が大きな効果を出し、正当なパレスチナ人の権利を求めるために地球上の多くのひとびとが闘い、世界の仕組をゆさぶることに成功したものの、パレスチナ人の豪族や知識層出身の一部のエリート層が、解放運動の目的を達成することは自分たちが生きている間には不可能だとみて、自分たちへの利益だけを考える、とても近視的な視点から、とても少ないパレスチナ人領地と、パレスチナ人の祖先の地に戻る正当な権利については話さないことを秘密裏にアメリカ・イスラエルと合意し、オスロー合意につながったこと。オスロー合意はパレスチナ人に対して、とても不正義で不平等な内容だったにも関わらず、このいわゆる「合意」があることで、世界のひとびとは、これは解決したと思い込まされ、世界からの関心は完全に薄まり、イスラエルのパレスチナ人に対する暴虐さ、占領・占拠・封鎖・エスニッククレンジングは加速して悪化し続けた。
それに対するリアクションのひとつが、パレスチナ人解放組織・抵抗組織による2023年10月7日のイスラエル軍の関所を狙った攻撃。
今回の、いわゆる「停戦条約」も、オスロー合意と同じ役割をもち、毎日続く虐殺を世界のひとびとの目や意識から隠して(停戦条約を合意したから、気にかけることは何もない)、イスラエルが世界からの批判を避けつつ虐殺を引き続き行うことを助けている。これを打ち破ることが必要)
だからこそ、私は、この時代を、深い恐れと悲しみ、そして深いコミットメントでみています。
これ(パレスチナ解放運動)は、(イスラエルの違法占領・封鎖・アパルトヘイトや虐殺)が終わるか、私たちが絶滅するか以外で、止まることはありません。
その間(イスラエルの違法占領が終わるか、イスラエルによるパレスチナ人の絶滅か)には、何もありません。
これが、私がどのようにこの結論にたどりついたかです。
これは決意です。
私たちは、祖先の地を取り戻すか、そうでなければ、死ぬか(=イスラエルに直接的・間接的に殺される)。
そして、これが現実です。
私は、これを特権のある優遇された個人としてニューヨークにいて、前哨戦(ガザやウエストバンク、東エルサレムに住んでいて、毎日殺される危険や負傷させられる、家を暴力で追い出される危険にさらされているー何度も)にいるわけでもないことを理解したうえで、これを言っています。
これが、今日の、Palestinian question (パレスティニアン・クェスチョン/パレスチナ問題)です。
民族として絶滅させられるか、正義を獲得するか。
その間には何もありません(=この極端な二択しかない)。
アパルトヘイトを梱包しなおして、二国間解決について話し、パレスチナ国家の認定を申し出るというアイディアは、現実の政策ではありません。
これは、別のナラティヴのもとで、別の方法によって植民地化と虐殺を続けるということです。
私たちは、どうするべきでしょう?
どのように、私たちの原則を守れるでしょうか?
どのように、これ(植民地化と虐殺を別のナラティヴのもとに別の方法で続ける案)を拒否するでしょうか?
どのように私たちは、(2023年)10月6日に戻ること(=70年以上にわたって続く、イスラエルのパレスチナ人へのエスニック・クレンジング、大量殺人、占領、封鎖、家や土地や農地の乗っ取り、水資源などを壊す、多くの無実のパレスチナ人ー子どもも多く含むーを国際法違反で牢獄に閉じ込め拷問を行う、突然の検問所を限りなく多く設置し家から出ることすら不可能にする、暴力だけでなくイスラエルの法律を操作してパレスチナ人から合法的に土地や家屋を奪うなど)を拒否するでしょうか?
私たちは、どのように私たちの要求を守れるでしょうか?
私たちが、「river to the sea/リヴァー・トゥー・ザ・シー(川から海までーヨルダン川から地中海までの地域が、誰もが対等な権利をもち、自由・平等を重んじる地域となることを求める政治的なメッセージとしてよく使われる)」について話すとき、私たちは、移住者植民地主義を解体・取り壊すことを話しています。
私たちは、(歴史的)パレスチナ地域のすべてを解放することについて話しています。
私たちは、right of return (ライト・オブ・リターン/パレスチナ人の帰還権 - 1948年に国連で認められた、イスラエルによる虐殺・エスニッククレンジングで暴力的に追放されたパレスチナ人とその子孫が自分の地に戻れる権利ー1947年には70万人から80万人のパレスチナ人がイスラエルによって追放され、1967年にもイスラエルによって30万人以上が追放され、近隣の国々で難民となった。2012年現在で、一世代目の難民は約3万人から5万人、難民状態で生まれた子どもたち・子孫は約500万人と見られている。多くは、難民キャンプで無国籍のまま難民として過ごすことを強いられている)について話しています。
これら(上記のパレスチナ解放、パレスチナ人の帰還権)を最低限、満たさないことについては、全く受け入れられません。
いわゆる「停戦条約」が合意されたこと、停戦条約の第二段階についてアメリカ政府が話していることから、停戦は行われ、パレスチナ人たちを心配する必要がないと思っているひとは多いかもしれません。
でも、実際には、停戦条約は、パレスチナ人側は遵守し、イスラエルは、毎日停戦条約を破り、毎日、子どもたちを含む普通の市民たち(運がよければ夏用のテントで、非常に寒く雨がテントに降りそそぐなかに住み、路上で暮らしているひとたちも多い)が殺されています。
Dropsite Newsによると、2025年10月11日の停戦合意以降、イスラエルは、少なくとも377人のパレスチナ人(多くは子どもと女性)を殺し、987人を負傷させました。
ここ数日では、単に歩いていた3歳の子どもが殺され、8歳と11歳のこどもも道を歩いていただけなのに、「脅威」としてイスラエル兵に殺されました。
イスラエルはクァッドコプターをガザの上空に飛ばして、手りゅう弾をテントや家々などの市民が密集している場所に落としていることも確認されています。
レバノンとイスラエルは1年以上前に停戦合意を結びましたが、ガザ同様、レバノン側は停戦合意を順守し、イスラエルは毎日停戦条約を破り、ほぼ毎日市民を殺しています。
本来なら、停戦合意を保障した国々の政府は、イスラエルの違反を即座にとめるよう行動する義務がありますが、何もしないどころか、イスラエルに対する批判すらしません。
それなのに、これらのイスラエルの違反行為に対してのリアクション(殺害行為に対しての防御)が被害者側からあると、これらの停戦保障国や政府は、一斉に批判します。
これは、完全なダブル・スタンダードであり、西側諸国のヒポクラシー(実際には自分がもっていない信念や信条をもっているふりをすること)と人種差別をよく表しています。
いわゆる「停戦条約」にだまされず、パレスチナが解放されるまで、目をそらさない、行動できることは行動すること(イスラエル産の食物や製品を避けるBDS運動や、虐殺に加担している企業の製品やサーヴィスの購入を避ける、パレスチナについて語り続けるなど)は、とても大切です。
ヒューマニティーは、何とも引き換えにはできません。
でも、ヒューマニティーも筋肉のように、使わないとやせほそり、最終的にはなくなります。
ヒューマニティーをなくしたひとたちが増え、権力やお金、名声だけを求めて、ほかのひとびとを自分の利益のために搾取したり、殺したりすることが当たり前になれば、世界中の誰にも、特にすでに弱い立場にある、子ども・若い男性・女性・移民・心身障害がある人たち・性的志向がマジョリティーとは違う人たち、には、とても危険な世界となります。
タリークさんが言っているように、歴史からどのような方向に進んでいるのかを想像することは可能ですが、未来はまだ起きていない以上、変えることが十分可能です。
「搾取するか、搾取されるかの二択だけだから、自分は搾取する側について搾取する」というのは、馬鹿げた選択です。
この、世の中には上記の二択しかない、という考え自体が、今の世界の経済や政治の不正な仕組の中で、特権階級のひとびとが、世界中のひとびとにすりこんでいる考えです。
彼らは、自分たちの特権を守り、利益を普通のひとびとから吸い上げて自分たちに蓄積し続ける不正な仕組を保ち続けるために、世界のマジョリティーである普通のひとびとが、この不正な仕組に気づかないようにさせることに力を注いでいます。
主流メディア・ソーシャルメディア・シンクタンク・ハリウッドなどの映画・ドラマ・小説・アート・広告・大学教育などから、このメッセージを、分かりにくい方法で浸透させています。
上記のほとんどは、アメリカや西側の大企業の数社や大富豪個人が所有するモノポリー状態となっていて、このモノポリー状態は、さらに悪化し続けています。
私たちには、上記の不正な仕組みに気づき、地球上のみんなと資源や知恵を分かち合いながら、同等の立場で、お互いの主権を尊重しながら歩いていく未来をつくることも十分可能です。
そのためには、経済・社会・政治の仕組みをよく知ることは不可欠です。