どんな形態の至上主義も捨てる ー 歴史をよく知ることも大切

Yoko Marta
22.12.25 04:36 PM - Comment(s)

どんな形態の至上主義も捨てる ー 歴史をよく知ることも大切

私は、日本生まれ・日本育ちで、20代半ばで、スーツケース一つでイギリスのロンドンにきて以来、自分で労働許可をとり、そのまま四半世紀以上この国に暮らしていますが、帝国主義国(元植民地宗主国)の中では唯一の非白人の国(=日本)で育ち、別の帝国主義国の白人・キリスト教徒がヒエラルキーのトップになる国(=イギリス)で働く・暮らすというのは、とても興味深い経験です。

なぜなら、西ヨーロッパの白人・キリスト教徒を祖先とするひとびとは、現在を含むここ数百年の社会・経済・政治構造では、どこに行ってもヒエラルキーのトップですが、日本人の場合、アジアではヒエラルキーのトップにいるようなふるまいをしてきたものの、西ヨーロッパの白人・キリスト教徒を祖先とするひとびとがマジョリティーの国々では、非白人であるということで、ヒエラルキーの下層におかれ、ひととしての価値はゼロ以下のような扱いを受けることもあります。
非白人であるだけで、勝手にヒエラルキーの下層におかれ、悪く扱われる経験は多くの人々が経験していることですが、日本人のように、ヒエラルキーの上(アジアの中では、白人のような扱いやふるまい)にいた時代とその名残の経験(戦争では全面降伏したものの、アメリカの属国として経済的な発展を許され、アジアの中では経済的に強かった時代が長くアジアの中では大きな顔をしていた)、ヒエラルキーの下(白人社会の中での非白人に対する扱い)の両方を経験することは、そう多くないのでは、思います。
もちろん、インドのような階層社会で、インドでは一番上の階層だったひとが、ほかの地域(ヨーロッパなど)に住んだ時に、非白人としての扱いを受けるでしょうが、インドはイギリスの植民地だった時代が長く、植民地宗主国のひとびとにとっては、植民地のひとびとの命はゼロ以下、という長い歴史を経験してきているので、その扱いに驚かない可能性のほうが高いのでは、と思います。

この両方を経験して学んだのは、日本にいた間、自分がマジョリティーであるということで、いかにマイノリティーの箱に勝手にいれられるひとびとの苦しみや、不正義な扱いや社会構造や仕組に無知だったか、ということです。
不正義な扱いや仕組みも、マジョリティーであればネガティヴな経験をする可能性は低いし、周りもマジョリティーなので、そういった社会構造に鈍感で、誰かがそういう不正義にあっていることをぼんやりと知ってはいても、自分には関係ないこと、と視野の隅においやり、知ろうとしない(=Willfull ignorance/ウィルフル・イグノランスー意図的な無知: 知ることを意図的に拒否)状態であったことにも気づきました。
マジョリティーだと、「意図的な無知」状態にいられるラグジュアリーがありますが、白人マジョリティーの中で非白人だと、一方的にヒエラルキーの一番下で、ひととしての価値はゼロに近いか、それ以下という扱いを受けることは避けることができず、無知でいることはできず、常にそれを扱う必要性があります。

「ロンドンには人種差別はない。人種差別があると騒ぐひとたちは、神経質で、ちょっと悪く扱われただけで、騒いでいる。」という人々にもかなりでくわしましたが、ほぼ100パーセント白人の発言です。
でも、私自身、マジョリティーだった経験があるので、彼らの視野がとても狭いこと(自分や自分の家族、周りはみんな白人で、自分自身や身近なひとびとが、非白人であることが原因で悪く扱われた経験はない)、自分の視野がとても狭いことにすら気づけないことにも理解は及ぶので、怒りは感じません。
でも、彼らの視野が限られていることは、関係性が近ければダイレクトに指摘し、関係性が遠ければ、彼らの意見に賛成できない現実を私が生きていることを伝えています。

ここでいう、西ヨーロッパの白人・キリスト教徒を祖先とする人々がマジョリティーである国々には、イギリスやフランスなどのヨーロッパの国々だけでなく、彼らが地球上のあちことに侵略して、原住民の非白人たちを虐殺、エスニッククレンジングなどで、自分たちが原住民として置き換わり、マジョリティーとなり支配階級となった国々も含みます。
具体的には、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで、現在の南アフリカ共和国が設立される前のアパルトヘイト南アフリカも含まれます。
南アフリカは、現在の共和国が新設される前までは、ヨーロッパ(特にオランダ)から侵略してきた白人・キリスト教徒が、原住民の黒人たちからほぼすべての土地と資源を奪い、彼らを奴隷のように扱いました。
白人は全体の1割程度だったにも関わらず、経済も資源、社会もすべてコントロールしていました。
この中には、原住民の黒人の教育の制限、住む場所や職業の制限も含みます。
南アフリカ地域では、イギリスが植民地支配者だった時代もあり、イギリスの植民地支配には、インドなどのほかの植民地から、インドのひとびとを中間管理職として、アフリカ大陸に送り込み、複雑な階級を人工的につくりだすことで、抑圧されているひとびとの中で争わせるようにし、自分たち支配階級には不満が向かないようにし、ひとびとをコントロールし、搾取し続けました。

ちなみに、わざわざ「イギリスのロンドン」と書いているのは、カナダにもロンドンという街が存在するからです。

アメリカ、カナダ、オーストラリア・ニュージーランドは、先述したように、西ヨーロッパの白人・キリスト教徒が、資源や土地を奪うために、原住民を虐殺・エスニッククレンジングすることにより、自分たちが原住民として置き換わった地域で、原住民が使っていた地名を消し去り、西ヨーロッパの地名をつけているケースが多くみられます。

これは、主に東ヨーロッパ出身のユダヤ人たちが、歴史的パレスチナ地域に対して行ったことと、基本的には同じです。
原住民のパレスチナ人たちを虐殺・エスニッククレンジング、テロ行為で大量殺人、追い出したあと、パレスチナ人たちから盗んだ土地の地名を消し去り、新たな名前をイスラエル国家の言語としたヘブライ語でつけています。

地名は、ただの名前でなく、その後ろに歴史や政治が深く関わっています。

また、日本語でもイタリア語でも、「イギリス」ということばには、The UK(イギリス、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの連合4か国)を指すときと、The UKの中の一国であるイギリス国を指すことがlごちゃまぜになっています。
The UKの連合国の一つであるスコットランドは、イギリスに支配され、残虐な扱いを受けた経験もあり、イギリスと同じにされたくない、というスコットランド人に会うことも、いまだにあります。
国籍やパスポートとなると、The UKに所属しているということで上記の4か国の国民は、基本的に「British(ブリティッシュ)」ということになります。
国旗となると、イギリス・スコットランド・ウェールズは独自の国旗をもち、かつ連合4か国であるThe UKの国旗があります。
北アイルランドは独自の国旗をもたず、連合国のThe UKの国旗を使っています。
北アイルランドは、イギリス国がアイルランドを長年にわたって植民地支配した際に、アイルランド島の北部に、多くのイギリス人を移住植民させた経緯があり、アイルランドが長年の武力闘争でイギリスからの独立を勝ち取った際にも、イギリスの一部として残されました。
この北アイルランドの原住民(アイルランド人・カソリック教徒)は、アイルランド国籍を選択する場合が多く、北アイルランドのイギリスからの移住植民者の子孫(イギリス人・プロテスタント教徒)は、ブリティッシュ国籍です。
そう遠くない昔(1960年代後半から約30年の間)、北アイルランドでは、原住民であるアイルランド人と、移住植民者の子孫であるイギリス人たちの間で市民戦争が続き、約3500人が殺されたとみられています。
半分以上は、巻き添えになった普通の市民たちです。
きっかけは、原住民のアイルランド人に対する差別(イギリス人優位・優先・優遇で、職業や住む場所なども原住民のアイルランド人は差別され続けていた)に対して、原住民のアイルランド人たちが、平等な権利を求める平和なマーチを行っていたところ、本国のイギリスから送り込まれていたイギリス軍が市民たちに発砲し、数人を殺し、負傷者も出したところから始まりました。
イギリス軍は、初めは、カヴァーアップを行い、原住民のアイルランド人が発砲したことに対しての正当な反撃だったと主張していましたが、現在では、原住民のアイルランド人からの発砲も攻撃も全くなく、武器をもたない平和なマーチであったことが証明されています。
この市民戦争の間、イギリス国は、イギリス軍を北アイルランドに常駐させ、軍隊による多くの検問所を設け、原住民のアイルランド人を抑圧しました。
これも、パレスチナ自治区と国際法で定められているウエスト・バンクや東エルサレムで、侵略者であるユダヤ人が、あちことに違法なイスラエル軍検問所を設けて、原住民であるパレスチナ人たちを抑圧し、暴虐に扱っていることと、同じ仕組です。

帝国主義(植民地主義も移住者植民地主義も帝国主義から派生したもの)は、帝国側には、盗んだ土地や資源、奴隷化した原住民の格安の労働力から大きな富を蓄積しますが、侵略され、植民地にされた側には、何一ついいことはありません。
また、これは、大きな不正義です。
植民地宗主国が、世界の各地で、何度も行った虐殺、エスニック・クレンジング、人為的な飢餓などについては、どの国も全く責任をとっていません。
なぜなら、殺された側が非白人だったからだとみられています。
白人から白人に対するヨーロッパ大陸での虐殺は上記と比べてとても少ないのですが、大きなものではユダヤ人に対する虐殺です。
これについては、ドイツ政府からユダヤ人、イスラエル国家への賠償が行われ、二度と虐殺を起こさないようにする教育も徹底されています。
でも、ドイツ政府は、ユダヤ人虐殺の20年ぐらい前に行った、現在のナミビアでの虐殺については、賠償もしないし、賠償する意図も全くなく、謝罪することすら、長年拒否し続けてきました。
ここでも、非白人の命がゼロ以下、白人以下として扱われていることが明らかです。

「帝国主義」は、さまざまな考え方があるものの、ここでは、資本主義と深く結びついた大航海時代ぐらいからはじまった、西ヨーロッパが地球上のありとあらゆる地域に侵略し、それらを周縁の地域として搾取し、富をコア(核・中心)である帝国に蓄積した仕組をさします。
オットーマン帝国や中国の王朝のように、周辺の国々を取り込み、自国の一部として自治権も大きくもちながら共存していた仕組は、ここでいう「帝国主義」には含みません。

文化や宗教、地域や人種などに関わらず、大多数のひとびとは、戦争や、誰かを殺したり拷問にかけたりすることは、全く好みません。
帝国主義は、別の地域に侵略して原住民たちの資源・土地・家屋などを奪うことが必須なため、原住民たちが快くすべての土地と住んでいる場所・資源を侵略者側に渡して、全く違う場所に去らない以上、なんらかの方法で、この原住民たちを消去する必要があります。
侵略と盗みに対して、原住民が侵略者に抵抗するのは当然なので、圧倒的な武力をもって、原住民の虐殺・エスニッククレンジングを行うことは、帝国主義には必須となります。
ただ、人間だと、虐殺やエスニッククレンジングには抵抗があるため、何らかの正当化を行う必要があり、そこにはさまざまな「至上主義(ヒエラルキー)」が人為的につくられました。
西ヨーロッパ白人・キリスト教徒の場合は、「白人は能力もモラルも優れていて、文化的なので、それを非白人・非キリスト教徒である文化のない人間と動物の間にあるようなひとびとに、文明の光を与えるために広める義務があるーこれは神からの使命」を使いました。
日本の場合は、上記の「白人」部分が、「日本人」となり、後半部分が「西側の植民地主義のもとで苦しんでいるひとびとを解放する」だったのだと思います。
イスラエルの場合は、「白人」が「(神が選んだ特別な種族である)ユダヤ人」にかわり、後半部分は「2000年前に神が約束した土地で、私たちが正当な土地の持ち主(=原住民のパレスチナ人たちは、違法にそこにいるのでどんな手を使っても追い出すのは、ユダヤ人の正当な権利)」となるのだと思います。

「白人至上主義」や「ユダヤ人至上主義」が、馬鹿げていることに気づくのは、非白人である私たち日本人には比較的たやすことですが、「日本人至上主義」に気づくのは、自分の背中を見ることが難しいように、たやすいことではありません。
それでも、「Willfull ignorance/ウィルフル・イグノランスー意図的な無知: 知ることを意図的に拒否」の状態から脱し、歴史的事実や、私たちの祖先が行った残虐なことが引き起こした結果(実際、今も続いている)を知り、どんな形態の「至上主義」も完全に捨てる必要があります。

人種は、社会的に構築されたもので、表面的な肌の色素や髪のカール具合や唇の形の違いなどで、能力やモラルの違いを表しているわけではありません。
アメリカ、イギリスの二国間だけに限っても、白人の定義は違い、アメリカでは白人にはいるひとが、イギリスでは非白人の区別になったりもします。
チリ出身の作家、イザベル・アジェンデさんは、チリでは白人として認識されていたのに、アメリカへ移民したときには、有色人種として分類され、移民局の役人と、「私の肌色をみて、私は白人よ」とやりとりしたことを冗談を交えて語っていましたが、地域によって誰を白人として認識するかが違うことからも、社会的に構築されたものであることは明らかです。

また、民族にしても、中東地域(中東という名称自体が、世界最大の植民地宗主国だったイギリスからみた名称で、地理的にみれば西アジアが的確で、帝国主義で勝手につけられた中東という名称をやめようという動きもあります)の国々は、その国境の中に多くの宗教・民族・文化・言語があるのがごく普通ですが、それは、植民地宗主国であった西ヨーロッパの国々が、自分たちの間で勝手に国境線をひき、数百年・数千年にわたってそこに住んでいたひとびとの意思は完全に無視し(←自分たち白人が支配者層にふさわしく、野蛮で能力のない非白人の原住民にはなんの権利もないとみていた)自分たちの取り分を決めたからです。
レバノンは、歴史的パレスチナ地域と同様、長年オットーマン帝国の一部でしたが、オットーマン帝国が、イギリスやフランスといった帝国主義の国々によって崩壊させられた後、フランスの植民地となります。
フランスは、植民地統治で原住民の抵抗を抑えるために、Divide and Rule(ディヴァイド・アンド・ルール/分離させて、支配)という政策をとりますが、その一環として、シリアとレバノンを分けるために、新たな民族カテゴリー、フェニキア人をつくりました。
レバノンの原住民のひとつで、キリスト教を信仰するマロナイト族は、そのカテゴリーを、自分たちマロナイト族が、フランス支配下のレバノン政府で権力を独占するために利用しました。
実際は、遺伝子的には、レバノン(キリスト教の数派、イスラム教の数派、ドルーズなど宗教にかかわらず)、パレスチナのひとびと、シリア西部のひとびと、ジョルダンのひとびとは、カナン人の遺伝子を共有するとみられています。
カナン人は、この地に住み続けて、時代によって、宗教を変えたひとびともいるとみられています。(この地域は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教発祥の地)
誰かが武力で無理やりひとびとの宗教を変えたというよりは、その時代の政府の公務員の職業につきやすいのは、イスラム教だったのでイスラム教に改宗していたり、祖先の信仰していた宗教を引き継いで、ユダヤ教やキリスト教を通したひとびともいるようです。
「アラブ」という分け方は、西側諸国によって都合よくつかわれますが、アラビア半島の西岸は、エチオピアの遺伝子を強くもっているとみられています。
「アラブ」は、人種というより、文化で、文学や音楽、ダンス、アート、言語、料理といった文化的な側面を共有しているひとびとを指す、といったほうが近いとされています。
人種だけでなく、民族も、権力を握るため・保持するために、どこかでつくりだされたものだということを知っておくことは重要です。
私たち、地球上のひとびとは、もとをたどると、みんなアフリカからやってきたことは既に遺伝学でも分かっています。

レバノンに関する分かりやすいポストはここから。

私自身は、「白人だから、日本人だから、(誰かより)偉い」とは全く思いませんが、白人至上主義が根底にしみわたっている社会に住んでいる以上、白人マジョリティーが非白人である自分をどうみているか、どういうルールを適用するか/しないか、ということには、常に注意を向けておく必要があります。
白人たちが歩いている途中に、素敵な家の中を少しのぞきこんで、コメントをいうのはかまいませんが、非白人が同じことをすると、泥棒の手先では、と疑われる可能性もあります。
服を売る店では店員と思い込まれ別のサイズをもってくるようにいわれたり、フラットで掃除をしていれば掃除婦と間違えられる、なども、一つ一つはたいしたことがないですが、重なると面倒な気持ちにもなりますが、私にコントロールが及ぶことではないので、扱うしかありません。
自分がその国のマジョリティーでなく、かつ、この国では蔑まれ、犯罪者扱いされることもある非白人である枠組みにいれられることで、自分の言動がどう解釈されるか、ということを常に頭においておく必要があるのは、日本でマジョリティーだったときには、考える必要がなかったことです。
だから、今は、日本にマジョリティーとして比較的特権のある立場にいたときの無知さを思い返して、日本に住んでいる、マジョリティーとは認識されないひとびとについて、同じ人類のなかまとして、彼ら・彼女らに起こっていることについて、もっと関心をもつべきだったと思っています。
なぜなら、私は比較的特権をもっている立場だったので、弱い立場に追いやられがちな彼ら・彼女らより、政府や自治体に対して正当な要求を行い、社会や政治に変化を起こすことは、リスクが低く、より簡単だったからです。
誰かが弱い立場に追いやられている社会は、誰にとってもいい社会ではありません。
弱い立場のひとびとをつくりだし、彼ら・彼女らを搾取することによってのみしか、自分の快適さが保てないのであれば、そんなものはいりません。
帝国主義・資本主義では、誰かの快適さ・優位さは、ほかのひとの犠牲の上に成り立っているということをよく理解しておく必要があります。

上記について、考えていた時に、私の考えをクリアーにしてくれるポストを見ました。
Sony Thăng (ソニー・タング)さんの、よくある議論に対する応答から。

よくある議論(自分を白人と認識している人たちの議論である場合が多い)ː
「広島・長崎への原爆投下は、日本が始めた戦争から、アメリカ人の命を守った。これは、正当なものである。私たち(アメリカ人)に脅威を与えるどの国にも、爆弾を落とせ。」

ソニーさんの応答ː

あなたの文章を、ゆっくりと、もう一度読んでみてください。
「広島・長崎への原爆投下は、日本が始めた戦争から、アメリカ人の命を守った。」
「これは、正当なものである。」
「私たち(アメリカ人)に脅威を与えるどの国にも、爆弾を落とせ。」

それは、戦略ではありません。
それは、モラル・ドクトリン(モラルの教義主義・モラルの独善的な解釈や適用)です。
もし、女性たちや子どもたちを殺すことがアメリカのリスクを減らすことになるのなら、女性たちや子どもたちを殺すことも正当化されます。
それは、全体的な議論です。
あなたの発言に責任をもちましょう。

広島は、戦場ではありませんでした。
長崎は、戦場ではありませんでした。
それらは、文民/市民の都市でした。
(=戦場としての拠点ではなく、市民たちが普通に暮らす地域であることを指す)
赤ん坊や幼児は、彼らのベビーベッドの中で蒸発しました。
医師たちは、病院で灰となりました。
労働者たちは、仕事への途中で、生きたまま、焼かれました。
老人たちは、光の閃光で、消去されました。

このうちの誰一人、あなたたち(アメリカ人たち)に脅威を与えませんでした。
このうちの誰一人、真珠湾を攻撃しませんでした。
このうちの誰一人、降伏条件を決める権力をもっていませんでした。
それにも関わらず、あなたは、「(上空から)爆弾を落とせ」と言っています。

あなたは、アメリカを防御しているわけではありません。
あなたは、市民の集団殺人を行う先制攻撃を、納得のできる政策ツールとして防御しています。
そして、いったん、あなたがこのロジックを受け入れた瞬間、あなたが自分をテロリストと呼ぶ他者と区別していると思っていた、あらゆる倫理的な違い(倫理や道徳に基づいて、人や行動がよいか悪いか、正しいか間違っているかを分けるための基準)を失うことになります。
(=あなたも、テロリストと同じロジックを使っていて、テロリストと違いはない、という意味)

なぜなら、このロジックは、日本だけにとどまりません。
あなたの基準では、以下となります。

イラクの子どもたちを経済制裁で殺すことは、正当化される。(※1)
朝鮮半島の都市を燃やすことは、正当化される。(※2)
ヴェトナムの多くの村をじゅうたん爆撃することは、正当化される。(※3)
(パレスチナの)ガザを(爆撃によって)平地にすることは、正当化される。
(北朝鮮の)ピョンヤンを消去することは、正当化される。(※4) 

ワシントン(=アメリカ政府)の誰かが、それは「アメリカ人の命を守る」と言う限り、どんなひとびとも全滅させることができます。
それは、セルフ・ディフェンス(自己防衛)ではありません。
それは、empire logic (エンパイア・ロジック/帝国の論理)です。

原子爆弾は、戦争を止めるために落とされたのではありません。
それは、(アメリカの)力を誇示するために、落とされました。
ソヴィエト連邦に警告を与えるため。
テロ行為の上に成り立つ、新たな世界秩序を始めるため。
「これが、アメリカの力がどのように見えるかです。」

あなたの議論は、「原子爆弾は悲劇的だったけれど、必要だった」という議論ではありません。
あなたの議論は、アメリカ人の命は、(地球上の)ほかのどんな人間たちの命を合わせたものより、ずっと価値がある、というものです。
どうぞ、率直に言ってください。
なぜなら、もし「私たち(アメリカ人)に脅威を与えるどの国にも、爆弾を落とせ。」が、あなたの原則であるならば、あなたは世界秩序について描写しているわけではありません。
あなたは、核兵器の恐怖・脅威によって実施された、永久的なグローバルな人質拘束を描写しています。
だからこそ、世界のほとんどの人たちは、ワシントン(アメリカ政府)を、Protector(プロテクター/危害や危険を与える攻撃者の反対語で、攻撃者から保護するひとびと)とはみていません。
世界のほとんどの人たちは、(アメリカを)世界で一番危険なアクター(行動主体)だとみています。

ソニーさんのポストは上記ですが、現在、アメリカがヴェネズエラに対して政権交代を行わせること、石油・ガスをアメリカのものにするために、ヴェネズエラを軍事攻撃、深刻なレヴェルの経済制裁(現在も長年にわたるアメリカの経済制裁に一般市民は苦しんでいるー経済制裁は経済的な戦争ともよばれ、多くの死者を出すことでも知られている)を行うことを、アメリカのトランプ大統領が宣言していることに、共通パターンを見出すことも大切です。
ヴェネズエラは、アメリカに対して攻撃したこともなければ、なんの脅威も与えていません。
ヴェネズエラの石油やガスなどの資源は、ヴェネズエラという主権をもった国のものだし、大統領を決めるのも、ヴェネズエラのひとびとです。
アメリカがヴェネズエラの主権を侵害する権利はありません。
でも、アメリカの圧倒的な軍事力でこられれば、どんなにヴェネズエラのひとびとが防御したとしても、数千人どころか、もっと多くの市民の犠牲者が出ることは明らかです。
現在、キューバやメキシコなどのほかの南アメリカの国々が、ヴェネズエラの防御を助けるよう動き出しているようですが、アメリカ政府のあからさまな帝国主義的な言動には。注意しておく必要があります。
アメリカは、世界で唯一、世界中の隅々にまで自国軍基地をもっている国(約800)ですが、日本はその中でも多くのアメリカ軍基地をおいている地域であり、日本がアメリカの帝国主義の手先として使われる可能性が高いことには留意しておき、「製造された合意(例/中国は脅威という情報を大きく宣伝し、ひとびとに戦争もしかたのないこと、という製造された合意ををつくりだす)」がさまざまなメディアやシンクタンク、政府、教育機関などから繰り出されるときに、その意図を見抜き、アメリカの道具として使われ、再び近隣の国のひとびとを殺すことがないよう注意しておく義務があります。
たとえば、中国をとると、中国は長年の歴史のなかで、モンゴルが中国を支配してほかの地域に侵略したときを除けば、反撃として戦争に加わったことは数回あっても、ほかの地域の資源を盗むために別の地域に侵略したことはありません。
中国がアメリカのターゲットとなっているのは、中国がアメリカのひとびとへの脅威となっているからではありません。
アメリカが覇権を持ち続け、ほかの国々から搾取する仕組みを続けるために邪魔な存在となっていることです。
アメリカ覇権を保つカギとなっている、アメリカドルが世界通貨/テクノロジーの独占、などが、中国政府のデジタル通貨や、テクノロジーの急速な発展、一路一帯やBRICKSなどのグローバル・サウス間でのつながりを強めていることで、今までは、アメリカの言いなりに資源と自国民の労働力を搾取されるしか選択がなかった南アメリカやアフリカの国々が、自国の主権を保ちながら、自国民のための開発を行うことを可能にしているからです。
ヴェネズエラは、グローバル・サウス、アフリカの国々に、自国の主権を保ち自国の開発を主眼として行うような行動(=グローバル・サウス間でのアメリカドルを使わない取引や、国の借金、開発プロジェクトもアメリカを通さずグローバル・サウス間で行う ー アメリカなどの西側企業が搾取できる機会が大きく減る)をとれば、ヴェネズエラのようになる、という脅しをかける目的もあるとみられています。
グローバル・サウスは、多くの国々が豊富な資源と、若く有能な労働力をもっていて、アメリカや西側の搾取がとまれば、大きく自国の開発をすることが可能なのは明らかです。
中国は、製造する力も国内での市場も大きいので、アメリカによる経済制裁の影響を小さくできるし、国土も人口も大きいので、ヴェネズエラなどの南アメリカの国々のように軍事クーデターや侵略を行うことは容易ではありません。
そのため、十年後、十数年後にむけて、「中国は脅威」というプロパガンダをくりひろげ、中国へ攻撃することは、自国のひとびとを失ってでも必要なことなのだ、という製造された合意を既につくりはじめています。
中国の軍事行動について語るとき、知っておかないといけないのは、アメリカは大規模なアメリカ軍基地を、日本・韓国・台湾・フィリピンにおいていて、始終中国の近くで軍事訓練をしています。
これは、中国では、「アメリカの脅威」と解釈されても不思議はありません。
中国は、数百年の間、日本だけでなく、イギリスやほかのヨーロッパ大陸の国々から侵略され、占領されてきた歴史があることも知っておく必要があります。
台湾は、中国から日本が奪い、長年植民地支配をし、香港は、中国からイギリスが奪い、2000年までイギリスの植民地であったことは事実です。

また、アメリカが、中国へ攻撃をしかけるとすれば、アメリカが大きな軍事基地をおいている日本・台湾・韓国・フィリピンに代理戦争をさせる可能性がとても高いことにも留意しておく必要があります。
戦争はもうかるので、アメリカは、これらの国々に、多くの武器を売りつけ、戦争をなるべく長引かせることを画策するでしょう。
アメリカ政府にとって、非白人である私たちが何人死のうと、どうでもいいことは、今までのアメリカ政府の行動(日本への原爆投下、ガザ虐殺への積極的な関与など)からみても、明らかです。

【注釈】
 (※1) イラクの子どもたちを経済制裁で殺すことは、正当化される

これは、アメリカによるイラクに対する経済制裁(1990年~2003年)が直接の原因で、5歳以下の子どもが約50万人死んだことを指しています。
経済制裁は、爆弾や地上戦を行わない、経済的な戦争と呼ばれることもあり、特に子どもや女性などの市民が大きく影響を受けることでも知られています。
極端な栄養不足、薬や医療器具の不足、安全な飲み水の不足による病気のまんえんなどで、経済制裁がなければ、死なずに済んだひとびとの多くが死にました。
生き残った子どもたちも、子どものころの栄養不足は一定の基準を超えると回復することはなく、大人になってからも、多くのひとびとが後遺症に苦しみました。
アメリカでヒロインのようにあがめられている女性政治家・外交官(近年、亡くなった)のMadeleine Albright(マデレーン・オルブライト)さんは、1996年のインタヴューで、アメリカの経済制裁によりイラクの子どもたちが約50万人近く死んでいることについて、それが支払う価値のあることかどうか聞かれ、「支払う価値がある(=アメリカのセキュリティーやアメリカ人の命を守るため>>>>多くのイラクの子どもたちの命)」と答えたことでも知られています。
気づかないといけないのは、イラクは、アメリカに対して攻撃をしたわけでもなく、アメリカに対しての脅威は全くありませんでした。
経済制裁のきっかけは、1990年に起こった、イラクのクウェート侵略ですが、侵略自体が問題なのではないのは明らかです。
なぜなら、1980年に始まった、イラクによるイラン侵略では、アメリカやイギリス、フランス、ドイツといった西側諸国がイラクを後押しし、ドイツにいたっては、化学兵器をイラクに提供し、イラン軍だけでなく、イラン市民に対しても、化学兵器を使うことを容認していました。
これは、イランの石油を盗むことが目的でした。
イランは、植民地宗主国のイギリスから独立を勝ち取ったあと、民主的に選ばれ、とても人気のあったモサデグ首相が、自国の主権を尊重する政策をとり、自国の資源(特に石油)を国有化したことで、イギリスとアメリカが軍事クーデーターを起こし、モサデグ首相を取り除き、イギリスとアメリカのお気に入りの傀儡政権である、モハマンド・パフラヴィーさんを政権のトップに据え置きました。
このパフラヴィーさん(シャー)は、石油などの国の資源の利権をアメリカやイギリスに譲渡することで、自分の家族の富を著しく蓄積し、国民に対してはどんな批判も許さない警察国家を築き、多くの市民たちを拷問にかけ殺しました。
このパフラヴィーさんの時代に、西側主導でイランに核施設はつくられました。
また、このパフラヴィーさんは、独裁者であり、民主主義とは程遠いものでした。
ここでも、アメリカやイギリスの言いなりになっていれば、核施設があろうとなかろうと、独裁政治であろうがなかろうが、関係ないことは明らかで、西側諸国のヒポクラシー(表面上の信念と、実際の行動や意図が一致しないこと)をよく表しています。
このパフラヴィーさんの暴政に対する不満が高まり、市民からの革命が起こり、革命直後で、政府や軍隊などが不安定だったときを狙って、西側諸国が後押しするイラクが、イランを侵略しました。
西側諸国は、この違法な侵略についても、なんの責任もとっていません。
イラクに戻ると、経済制裁が終わったのは、アメリカとイギリスによるイラクに対する違法侵略で、サダムさんを取り除いたときです。
この2003年の違法である、イラク侵略時には、アメリカは市民が密集している場所に多くの爆弾を落とし、意図的に多くの市民を殺したことでも知られています。
このときに、よく使われたプロパガンダは、「日本へ原爆を落とすことによって、日本のひとびとを軍国主義から解放し、自由と民主主義を与えたことで喜ばれたように、イラクの人々も独裁者から解放され、自由と民主主義を与えられることに喜ぶはずだ」でした。
「平和をもたらすために原爆を落として日本の市民を多く殺したことは、日本のひとびとのためでもあり、感謝されている」というのは、ナンセンスなのですが、このプロパガンダはよく使われていて、それをまともに信じているひとびとも存在します。
当然ですが、爆弾を落としたり、市民を殺すことは、平和をもたらしません。

(※2) 朝鮮半島の都市を燃やすことは、正当化される。
(※4(北朝鮮の)ピョンヤンを消去することは、正当化される。

第二次世界大戦での日本降伏後、長年、日本の植民地であった朝鮮半島は、第二次世界大戦での戦勝国であるアメリカの提案によって、アメリカとソヴィエト連邦(現ロシア)の間で分割されました。
南側(現在の韓国)は、アメリカによって占領され、アメリカの傀儡政権がすえつけられ、北側はソヴィエト連邦によって占領されました。
最初は、この2国による数年の監理のあと、朝鮮半島のひとびとにコントロールを移す予定だったものの、それは起こりませんでした。
1950年に北朝鮮側が北緯38度線を超えて侵略したことが朝鮮戦争の原因とする説が多いものの、ソヴィエト連邦側の記録では、1949年の1月から4月の間に韓国側が、北緯38度線を超えて37回侵略したことが記載されていて、かつ、1949年末には、韓国軍は、90人近い民間人を殺し、それを共産党ゲリラが行った仕業だと見せかける事件も起こし、北朝鮮側の行動は、これらの韓国側の挑発に対しての対応だったとの見方もあります。
1950年のアメリカによる北朝鮮の首都、ピョンヤンに対する爆撃は熾烈をきわめ、1953年の終わりには、北朝鮮の約75パーセントの地域が完全に破壊されました
中国は、日本の残虐な植民地支配から脱したあと、市民戦争により疲弊していたものの、外交で戦争を避けられるよう、インドを通して外交努力を続け、アメリカに対しては、北緯38度線をアメリカと国連軍が越えないよう警告していましたが、それは完全に無視されました。
アメリカ軍が北朝鮮側に侵略し、暴虐な攻撃を続けたことから、中国もやむを得ず、この戦争に参戦することとなります。
朝鮮戦争では、明確な数を出すことは難しいものの、ロシア資料では、北朝鮮・中国の死傷者数は、200万~400万人、韓国は40万人、アメリカは14万人だったとされています。
アメリカの推定では、米軍の戦死者は5万4千人としています。
北緯38度線で国が分けられたため、1000万人以上の離散家族を生んだとみられています。
現在は、「休戦状態」であり、停戦ではありません。
アメリカが割り込んでこなければ、ここまで死傷者数があがっていたとは思えないし、同じ民族で文化や歴史を共有しているなかまとして、どこかで折り合っていたでしょう。
そもそも、日本が朝鮮半島の植民地化を行っていなければ、この悲劇も起きずにすんだことです。
植民地化(植民地化は帝国主義から派生したもの)された側に、いいことは何一つないし、ほかの国やひとびとを植民地にする正当な理由はどこにもないし、その権利も誰にもありません

(※3)ヴェトナムの多くの村をじゅうたん爆撃することは、正当化される。

ヴェトナムとその周辺地域(ラオスとカンボジア)は、長年フランスの植民地でしたが、第二次世界大戦で日本が全面降伏を宣言したあと、ヴェトナムのひとびとは、ヴェトナム共和国(フランスが現地支配のために使っていた中間管理職のヴェトナム王朝を廃止)の設立を宣言します。
フランスは、再びヴェトナムを植民地化しようとし、脱植民地化を求めるヴェトナム共和国とフランスとの間で、第一次インドシナ戦争(1945年~1954年)が起こります。
フランスは、完全にフランス寄りだった側のヴェトナム政府(ヴェトナム南部に位置していた)に対して、1949年に、独立させ、その政府を通してヴェトナム全土をコントロールしようとしますが、ヴェトナムの共産党ゲリラ軍によって敗北します。

1954年のジュネーブ協定では、一時的にヴェトナムを二つの地域(共産党を基盤とする民衆がフランスから勝利を勝ち取ったヴェトナム民主共和国ー北に位置するーと、フランス寄りのヴェトナム政府があった地域ー南に位置する)に分け、1956年にヴェトナム全土で民主的な選挙を行い、国を統一することを条約に記載していたものの、アメリカと南ヴェトナムはこの条約に署名せず、公平な選挙が行われることを国連が監視することを主張しましたが、ソヴィエト連邦と北ヴェトナム(ヴェトナム民主共和国)は、これに合意しなかったため、この選挙は起こりませんでした。
実際に選挙が起こっていれば、北ヴェトナム(ヴェトナム民主共和国)のリーダー、ホー・チン・ミンさんが、確実に勝利したとみられています。
アメリカは、共産主義(=アメリカやイギリスなどの西側の言いなりにならず、自国の主権を尊重して、資源を自国民の福祉や発展のために使おうという政策をとる国を勝手に共産主義とよんでいる → 西側諸国が、植民地時代の数百年の間に行ったように、資源を盗み、現地人を格安の労働力として使い、西側に富を蓄積する資本主義の仕組が機能しなくなるので、植民地として使えるよう武力で従わせる必要があるという発想になる)がひろがることを嫌い、南側のヴェトナム共和国にアメリカが完全バックアップする傀儡政権をすえつけたものの、その暴政に対する民衆の不満が高まり、南ヴェトナム解放戦線(反米と傀儡政権打倒を掲げる動き)がつくられ、北ヴェトナムのヴェトナム民主共和国と協力して、南ヴェトナムでの、アメリカ傀儡政権に対する小競り合いがはじまります。
1965年には、アメリカが全面的に北ヴェトナムを攻撃することを決定し、1973年に撤退するまで、市民に対する残虐で戦争犯罪にあたる爆撃や地上戦を数多く繰り広げました。
戦略的には無意味な、市民に対する爆撃が多く行われたこと、化学兵器である枯葉剤などが大規模に使われたことでも知られていて、現在もその影響は続いています。
1968年には、アメリカ人兵士たちが、武器ももっておらず、反撃さえしない無抵抗の数百人の村人たちを殺したことも記録されています。
ヴェトナム人死者(兵士と市民)の数は、推定で88万人とされています。
アメリカ軍の撤退後、2年ぐらいで北ヴェトナムが南北の統一を行い、新たな独立国としてスタートします。
アメリカに多くのヴェトナム人難民の子孫がいるのは、アメリカ軍がヴェトナムを徹底的に破壊したせいです。
アメリカが介入しなければ、1956年の選挙が行われ、比較的平和に南北統一が行われていたでしょう。
西側諸国に勝手に北と南に線が引かれたものの、同じ民族・文化・言語・歴史・国土をともにするひとびとで、彼らにまかせておけば、大きな戦争にはならず、これほど死者や負傷者の数が高くなることもなかったでしょう。

Yoko Marta