軍事主義と闘うことなしに、気候危機と闘うことはできない ⑤

Yoko Marta
18.12.24 04:57 PM - Comment(s)

軍事主義と闘うことなしに、気候危機と闘うことはできない ⑤

前回までの記事は以下より。
   
気候危機をかたるとき、「Security/セキュリティー」というフレーミングは避けられません。
ここには、「Border security/国境セキュリティー」「Food security/食料セキュリティー」「Water security/水のセキュリティー」「Energy security/エネルギーのセキュリティー」といったものが含まれます。
ちなみに、日本語では「Security/セキュリティー」も「Safety/セーフティー」も同じ「安全」ということばに翻訳され、違いが見えなくなりますが、英語でのセキュリティーとセーフティーは違うものです。
セーフティーは、コミュニティーからくる安心感のようなもので、セキュリティーは国家間の紛争等に使われるものです。
たとえば、国際連合安全保障理事会は、「Security Council」であって、「Safety Council」ではありません。
なぜなら、ここでは、国家間の戦争や紛争等を扱うからです。
英語での概念と、日本語の概念がずれることはとても多いので、英語で理解できることは重要です。
日本のように、基礎学力の高い国では、中学校レベルの教育を修了していれば、あとは辞書をひきながら、少し根気があれば十分可能だと思います。

この番組の製作にも関わった女性ジャーナリストのアリさんも指摘していますが、誰でもが「セキュリティー」は確保したいのは、人間としてよく理解できることです。
でも、「セキュリティー」は、多くの場合、一部のグループの人々を犠牲の上に、別の特権のあるグループが得ているものであることに気づくことは重要です。
特に、この「セキュリティー」ということばが、資源(エネルギーや土地等)や国境といった物理的なものだけでなく、人々(移民・難民)というコンテクストで使われる時には、特に注意が必要です。

前々回でも登場した、マルワさんが提案しているのは、「Human Security」「Climate Human Security」です。このことばでは、国家安全保障や軍事化・武装化という問題のあるフレーミングから離れて、ひとびとの安全・尊厳を守ることにつながります

前回でも登場したニックさんは、この「セキュリティー」という考えが、マルワさんが指摘したように、「ひとびと」を主眼にしたフレーミングもあるにも関わらず、現在の「軍事化・武装化・国家安全保障」というフレーミングが独占しているのは、軍事複合産業の金力・権力がとても強いためだとしています。
これは、「分配」や「正義」といった本来のフォーカスすべきこと(※)から遠ざかり、犠牲者である難民を「脅威」として、難民を取り除くことに注意を向けることで、既存の権力システムの温存、さらに既存システムを強化することに役立っています

このセキュリティーを「軍事化・武装化・国家安全保障」とするフレーミングはとても強く、このフレーミングに反対を表明する人たちは、国家や民兵からの暴力の標的となっています。

例えば、アメリカでは2016年に、石油パイプラインに反対するプロテストがありました。(Key stone oil pipeline
プロテスターたちは、武装化もしていなくて平和にそこにいただけなのに、軍隊・警察からのひどい暴力を受けました。
地球上のほかの多くの地域でも、気候危機・気候変動に対して声をあげるアクティヴィストたちを犯罪者として扱う法律や決まりがつくられました
プロパガンダとしては、「Eco-Terorist/エコ・テロリスト・気候テロリスト」という用語を使い、「テロリスト(市民たちに脅威を与える危険な人々)→ 国家や軍隊・警察が深刻なレベルな暴力をつかうのは当然」という印象を与えることに成功しています。
テロリストの通常の定義は「政治的な目的を達成するために、暴力や暴力をつかった脅迫を用いること」ですが、多くの気候危機に関するプロテストは、平和で、言論の自由という民主主義の柱にそったものです。
ここでは、このプロパガンダ・ナラティヴを誰がつくっているのかを、よくみる必要があります。
石油系企業は、自企業の利益だけを考えているので、石油・ガス・石炭をいつまでも採掘・精製・売ることが大きな目的で、その目的を達成する為ならば、地球や人々がどうなろうが気にしません。
石油系企業の使うプロパガンダやナラティヴづくりといった、大衆を無意識のうちに洗脳する手段は、タバコ企業が長く行った手段と似ています。
タバコ企業は、長らくタバコの健康に関する害をないものとし、この説に疑問をなげかける科学的な調査や、科学者たちには、彼らの調査や彼ら自身が科学者として間違っているととして、科学者たちのキャリアをつぶしました。
テレビ番組でも、タバコと健康被害を結びつける証拠はない、とする非常に少数の科学者や、それに協力する政治家やマーケターを全面に押し出しました。
政治家に大金の献金をして彼らを取り込み、タバコを禁止するような法律を阻止するだけではなく、大学等の教育機関にも大金を献金し、タバコ産業に対して好意的な科学者・法律専門家を育成しました。
強力なシンクタンクの多くは、石油系企業が設立したか、石油系企業からの多額の献金によって成り立っていて、さまざまな国の政策にも直接的・間接的に多くの影響を及ぼしています。
気候危機についても、イギリスのメディアでは、これらのシンクタンクに雇われている人々がよく出てきて、「気候危機は起きていない。科学的に、どこかで気温があがったり自然災害が起きていることと、二酸化炭素の排出量の関係性は証明できない」等の発言を、さも本当であり、彼らの意見は真正で、科学的な根拠があり、権限があるかのような態度をとります。
インタヴュワーが何もチャレンジしない、彼らのバックグラウンド(どの団体やひとから資金を受けているシンクタンクからきているか、どういった教育・資格・経験をもっていて科学者として名乗っているのか等)を言わないことで問題にはなっていますが、状況は変わっていません。
なぜなら、主要メディアもこれらの国際企業、特に石油系企業にキャプチャーされているからです。
実際に、ひとびとの安全に「脅威」を与えているのは、誰でしょう?
普通に考えれば、地球上の人々みんなの健康や命に対しての「脅威」は、温室効果ガス排出を続けている化石系燃料を発掘・精製し売り続けている石油系企業です。

実は、プロテストを犯罪化する法律は、イギリスでは、アメリカよりもさらにひどい状態となっており、民主主義から既に逸脱したレベルだとみる人々もいます。
イギリスでは、Pre-emptive(プリ・エンプティティヴ/先制攻撃の、先手を打った)逮捕が可能となり、プロテストを起こすのではないか、と疑いのある人々を、実際にプロテストが起こる前に逮捕することが起きています
2024年8月には、イギリス北部のマンチェスター空港で平和なプロテストを行う予定だったJust Stop Oil(ジャスト・ストップ・オイル)のメンバー4人が、プロテストが行われる前に逮捕されました。
このプロテストは、12か国にわたる21気候団体を含み、政府に対して、石油・ガス・石炭の採掘・燃やすことを2030年までに禁止するfossile fuel treaty (フォッシル・フューエル・トリ―ティー/化石燃料禁止)を要求することを目的としていました。
この2024年8月に予定されていたプロテストの前にあった、ジャスト・ストップ・オイルの空港でのプロテストは、1人のプロテスターが「Oil kills/石油は殺す」 と書いたプラカードをもち、それをサポーターが録画している、というものでした。
平和で、誰にも迷惑をかけていないプロテストであるにも関わらず、裁判所は懲役4年の実刑を言い渡すとみられています。
一つだけ救いなのは、イギリスでは、こういった不正義に対しては、多くの人々やチャリティー団体(弁護士や法律の専門家も含む)が立ち上がり、みんなで闘うことです。
たとえ、懲役刑がでたとしても、その是非をめぐって闘い続けるでしょう

イギリスでは、過去5年間における、逮捕された気候危機プロテスターの数は7000人にのぼるとされ、全世界平均の気候危機プロテスターの逮捕率の3倍という高い割合になっています。
これには、イギリスで2022年、2023年に制定・拡大された法律が関わっています。
また、上記の法律に加えて、労働党によって、アメリカへの9・11テロリスト・アタックの後に制定されたPrevent(プリヴェント/予防)という過激派となることを予防すると謡っている政府プログラムに、エコ・テロリストが加えられ、その定義は非常に曖昧で幅広い解釈を可能とする問題点も指摘されています。
この政府プログラムは、保守党が主要政党となった後に、学校や職場といった機関すべてで、生徒や働く人々が過激な考え(イスラム過激派、白人至上主義等)をもっているとの疑いがあったとき、政府に報告することが義務化されました。
でも、何を過激とするのか、定義が曖昧で、6歳ぐらいのイスラム教徒の子供が、コーラン(イスラム教の聖典)の一節を読んだだけで政府へ報告がいったりと、イスラム教徒への迫害になっていると指摘している意見もたくさんあります。
また、白人至上主義の過激派のほうが、イスラム教過激派よりも多いにも関わらず、白人至上主義に関しては照会されないことが多く、それがイギリスの構造的な人種差別であることも指摘されています。
なぜなら、イスラム教の信者は有色人種の場合が多く(ロシアや東ヨーロッパには白人イスラム教徒も一定数存在し、中近東やトルコ地域出身だと、イギリスでは白人として通過する人々もいるー「人種」自体が偽科学で、なんの科学根拠もないことの証明)、白人至上主義者は、ほぼ白人であることが多いからです。
いったんこのプログラムへ照会されると、警察へと連絡がいき、アセスメント等もあり、その後も警察やHomeoffice(内務省)から監察が続き、無実なのに犯罪者のように扱われる不公平なものです。
こういった法律が拡大解釈(エコ・テロリスト等)されはじめると、ほかの分野にも影響がではじめます。
パレスチナの虐殺反対プロテストの参加者や、イスラエルによるパレスチナ人虐殺について事実をかたるジャーナリストたちが、テロリスト法のもとで、逮捕状なしで家宅捜査を受けたり、電子機器をすべて没収されたりと、不穏な動きもすでに始まっています。

つい最近までイギリスでは14年間保守党が主要政党で、その間に保守党の間に極右派の政治家が増え、中立派は政党から追い出されました。
もともとビジネス(国際大企業)フレンドリーな政党として知られていて、石油系企業からも大きな献金を受けていて、国民の選挙を通してではなく、政治家たちによって選ばれる重要な役割である政治アドヴァイザー等も、石油系企業が設立・或いは多額の献金をしているシンクタンクから多くが採用されていたことでも知られています。
この保守党には、気候危機を否定する強い影響力があるグループも存在していて、石油系企業のビジネスを規制する(=環境や人々の健康・命を守る)法律には、大声で反対を唱えます。
破滅的な経済政策で40日程度で退陣したリズ・トラス元首相も、元々石油企業Shellで働いていて、石油系企業が背後にいるシンクタンクとの強いつながりを持ち続けています。
法律を制定するのは政治家ですが、政治家が石油系企業の権力・金力・影響力に取り込まれているイギリスの現状では、今後も気候危機に関するプロテストへの取り締まりは民主化するとは思えませんが、前述した先手をうった逮捕をされた人々(多くは若者)は、「後悔はしておらず、何度でもプロテストを行う」としているのには、希望がもてます。
世界的にみると、環境を守るためのプロテストや保護活動を行っている原住民の人々が殺されることは残念ながらよく起こっており、イギリスの場合は、命をとられることは考えにくいので、これからの世代・地球上のみんなのために逮捕されるぐらいのリスクはいとわない、という人もたくさん存在します
日本だけに住んでいると考えにくいかもしれませんが、イギリスでは、女性の参政権や、女性が親権を取る権利等も、長い間のプロテスト、闘いの末に勝ち取られました。
この闘いの間には、牢獄に入れられた人々、警察や軍隊の暴力によって殺された人々もいます。
法律が民主的ではないときは、その法律を変えるために人々が立ち上がって闘うのは民主主義的なことで、勇気のある尊敬すべきことだと多くの人々から見られます。

この番組の中でも、アメリカのBrown Universityで教えている女性政治科学者、Neta Crawford(ネタ・クローフォード)さんは、民主主義を守ることは重要であり、民主主義には市民の参加(プロテストやマーチも含む)は重要であるとしていました。
実際に私たち市民に害を与えている施設(石油・ガス施設)を守るという名目で、それらの有害な施設に反対するプロテストの権利をうばったり、権利を限定的にするのは間違っているし、民主主義ではありません。

アリさんは、気候危機について話すとき、レトリック(修辞)と現実を分けることは大切だとしています。
軍事複合産業は、気候危機に関するレトリックやメッセージを金力や権力をつかって操作していて、「threat multiplyer/スレット・マルチプライヤー(脅威の乗法=気候危機が既に不安定な地域にさらなる不安定さをもたらし、自分たち西側諸国に難民が大量におしかけてくるという幻想)」という用語をよく使い、人々の恐怖を煽ります。
これらのメッセージに対しては、懐疑的な目を向ける必要があります。
軍事複合産業は、気候危機を軍事・武装化で対応することで企業のもうけを大きくすることを狙っています
そのためには、事実を(複雑化させて論点を)分かりにくくします。
ここには、自分たち軍事複合企業が排出している温室効果ガス排出量についても不透明にしていることも含まれています。
また、軍事的な解決方法(←実際は全く解決にならない)に政治家や人々の目を向けさせることで、本当の解決方法から遠ざかっていることも覚えておく必要があります。

ニックさんは、気候危機は、銃や国境の壁を建設するような軍事的な方法では解決できないことは明白であり、国際的な協力を土台にアプローチしないといけないとしています。
わたしたちは、気候危機というチャレンジに立ち向かうために、この人々のinsecurity(インセキュリティー/不安定・危険な状況)を起こしている問題の根っこをしっかりと観る必要があります。
この解決方法は、just(ジャスト/公正)でなければなりません
現状では、経済・政治の関心は、一定の方向のみに偏って(=軍事複合企業の儲けのために、軍事・武装化を拡大)いますが、私たちにはチャンスがあります。現在も、私たちが正しい方向に進めるような運動もおこっています。
とても長い道のりですが、私たちは過去の経験から、危機が人々の一番いいところを引き出すことにつながることもよく知っています

(※)「分配」は、今ある地球上の資源を平等に分けることを指し、「正義」は、現在までに温室効果ガスの排出をほぼしなかった国々(元植民地国)が大きな気候危機の影響を受け、温室効果ガス排出量がとても大きく、前述した地域の環境破壊・資源や労働力の搾取によって自国を豊かにした国々(元植民地宗主国ー日本も含む西側諸国)があまり影響を受けていないことからも、この気候危機に関しての費用をきちんと負担すべきといったことを指しています。
また、温室効果ガス排出量を減らす努力を西側諸国は十分にしていない、というのは、否定できないでしょう。
元植民地国のほとんどが独立してから数十年たつものの、経済・政治的に植民地化は終わっていない、違う形で搾取は続いているとする専門家は多いです。
例えば、元植民地が独立した際に、多くの資源は元植民地宗主国の政府か企業に握られていて、独立後の困難な時代に、国民を飢えさせないためにどうしてもそのときに必要な資金を借金するかわりに、世界銀行や国際通貨基金からのネオリベラル化経済を受け入れざるをえず、西側企業が自国の資源や労働力を搾取する形となり、その後も搾取され続け、国は貧しいままで、多くの人々は生きるために、元植民地宗主国へ移民として出稼ぎをしたり、完全に移民するのも、よくあるパターンです。
この国際機関からの借金も、利率が高く、利子を返すだけで多くの国費を使わざるを得ない国々もあります。
これは、不公平だと多くの人々が認識しています。
また、元植民地が自国民のために自国資源を国営化しようとすると、アメリカやイギリスといった元植民地宗主国が民主的に選ばれた首相や大統領を軍事クーデータで取り除き、西側の傀儡政権をいれて、その国の普通の市民を貧しくさせておくのもよくあるパターンです。イランでは、自国の石油を国営化したとき、エジプトでは、スエズ運河を国営化しようとしたときに、西側諸国から軍事クーデーター、戦争を起こされました。アメリカと近いという不運な位置にある南アメリカは、何度もアメリカが直接的・間接的に関与したクーデーターや紛争に悩まされた歴史があります。これは、いまだに続いています。
【参考】
アメリカやイギリスの他地域への介入については、イギリス人ジャーナリストのMatt Kennard(マット・ケナード)さんの著作、Racket(ラケット)がお勧めです。英語ですが、ジャーナリストが書く文章は、明晰でとても読みやすいので、少し長いお休みがあるときに読んでみるといいと思います。

Yoko Marta